英雄閣下の素知らぬ溺愛
 さて、何から話すべきかと考えるアルベールに、先に口を開いたのはバルテ伯爵の方であった。



「この度おいでになられたのは、……先の、オペラハウスでの件でしょうか……?」



 おそるおそる、というように、バルテ伯爵はそう訊ねてくる。先日、直々に手紙を送ったため、そちらについては知らないはずがなかった。だからだろう。彼の顔には、その件はすでに終わったのではないか、というような、不思議そうな表情が浮かんでいた。

 終わったと思っていたのだ。アルベール自身も。カミーユが喜んでいたからそれで良いと、そう思っていたというのに。

 もちろん、カミーユがアルベールから彼らを救ったと思わせるようにしておけば、彼らはカミーユに頭が上がらないだろうという打算も、確かにあったが。

 「残念ながら、また別の件です」と、アルベールはいやいやながらに応えた。



「今日の朝、私が求婚している令嬢の家、エルヴィユ子爵家に、とある手紙が届いたのです。その令嬢に対し、身の程を知れ、というような内容の手紙が」



 そう言って、アルベールは侍従に合図を出し、手紙を一通持って来させた。カミーユ宛になっている、件の手紙である。

 アルベールがそれを手渡せば、バルテ伯爵は不審そうにそれを受け取り、内容に目を通す。「これが、どうされました?」と、彼は言った。送り主の名もない手紙である。当然の反応だといえるだろう。
 何も知らないのであれば。

 彼の隣に座る令嬢だけが、真っ青な顔で俯いていた。



「その手紙は、どうやら誰かに代筆されたものらしく、私の元やエルヴィユ子爵家に送られた手紙の送り主たちとは、誰とも筆跡が一致しませんでした。……だから、調べたのです。王都中の代筆家たちを」



 「そうしたら、面白い話が聞けました」と、アルベールは続けた。

 バルテ伯爵令嬢の顔色は、もはや紙のようだった。



「この手紙の依頼主は、そこにいるバルテ伯爵令嬢であった、と。もし自分が書いたと気付かれた際を見越して、証文も取ってありました。それが、こちらに」



 もう一枚、アルベールは書類を差し出す。バルテ伯爵は驚愕の視線でアルベールを見つめた後、震える指でその書類を受け取った。見開いた目でそれを一読した後、その手の中で、書類は大きく皺を作る。

 「何ということを……」と、零すように呟いたバルテ伯爵は、自分の娘の方へとゆっくりとその顔を向けた。信じられないというような、驚愕の眼差しで。
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