英雄閣下の素知らぬ溺愛
 もしそうだったならば、あまりにも失礼な話である。遅れるつもりなどなかったのにと内心で蒼褪めながら、カミーユはアルベールと二人、賑やかなティーパーティの会場へと足を進めた。

 最初に気付いたのは誰だっただろうか。もっとも、そのほとんどがカミーユではなく、アルベールの姿に驚きの表情を見せる者ばかりであったが。



「まあ、英雄閣下がおいでよ。珍しいわね」



「隣の令嬢は誰かしら……? まさか噂の、ミュレル伯爵の想い人とかいう方……?」



「お二人の衣装をご覧になって。あれって閣下の贈り物でしょう? わたくしには、ご令嬢の髪の色と目の色に見えるわ」



 興味津々、といった様子の視線が一気に突き刺さり、先を急ぐ足が止まる。ひそひそと交わされる会話は、ただ面白味を求めるようなものが多かったけれど。

 中には確かに、棘を含んだ言葉も存在していた。



「まあ、公爵夫人のティーパーティに招かれておきながら、遅れて現れるなんて。もう公爵家の一員になった気でいるのかしら」



「婚約を解消してすぐに、ミュレル伯爵から声をかけてもらったのでしょう? 人の同情を惹くのだけは上手なのでしょうね」



 ひっそりと、しかし確実に耳に届く大きさの声で囁かれる言葉。あまりの刺々しさに、もしかしたら、自分の娘をアルベールの妻にと考えていた人たちかもしれないと容易に想像できた。アルベールに求婚されたあの日から、社交界には顔を出していないため、このようなこともあるだろうと理解していたけれど。



 思惑が外れて鬱憤も溜まってしまっていることだろうし、騎士家門の娘として、淑女の不満はちゃんと聞いてあげないと。



 騎士の家門であるエルヴィユ子爵家では、騎士たちに淑女への対応も事細かく教えている。仕えるべきは主君であるという考えと同時に、淑女は守るべきという思想であるためだ。

 そういった教えが根底にある家で、騎士たちと共に育ったカミーユにとって、女性というのは何よりもまず守るべき者であった。その不満や不服もまた、自分に出来る事ならば解消すべきなのである。もちろん、あまりにも不当なものであったり、命に関わるようなことならば話は違うが。

 それが、自分に言葉で不満をぶつけて解消されるならば安い物だ。自然にそう思い、カミーユは何も言わずに、言葉を発した女性たちに真っ直ぐに視線を向けた。動揺することなく、むしろ気合を入れて、何を言われても大丈夫だから、いくらでも不満をぶつけてくれと、そう伝わるように。

 もっとも、女性たちはカミーユの視線に何故か驚いたような顔を見せると、さっとその顔を逸らしていたが。
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