英雄閣下の素知らぬ溺愛
 何故だろうかと首を傾げるカミーユは、一部始終を見ていたアルベールが笑いを堪えきれずに肩を震わせていることに気付かなかった。



「んんっ。……カミーユ、こっちだ」



 不自然に喉を鳴らした後、アルベールがそう声をかけてきた。不思議に思うも、彼が向かおうとする先にいる人物の姿を見て、気を引き締める。そこには立食形式のティーパーティの会場の中、一際周囲に人を集める、品の良い一人の女性の姿があった。

 アルベールの母であり、このティーパーティの主催者である、ベルクール公爵夫人である。

 日の光を受けてきらきらと輝く金色の髪を結い上げ、深い色合いの翡翠の瞳をこちらに向けた女性は、その冷たく美しい容貌に何の感情も浮かべることなく、カミーユを見ていた。声もなく、真っ直ぐに。

 まるで一枚の絵画のようなその姿に、カミーユは思わず見惚れてしまった。それほどまでに、美しい人だった。

 アルベールのエスコートに従って、客人たちの間を抜け、ベルクール公爵夫人の傍で立ち止まる。立場が下であるため、自ら声をかける事は出来ず、アルベールが「母上」と彼女に声をかけるのを聞いていた。



「こちら、エルヴィユ子爵家の、カミーユ・カルリエ令嬢です。お会いしたがっていたでしょう。カミーユ、私の母、ロクサーヌ・ブランだ」



「初めまして、ベルクール公爵夫人。カミーユ・カルリエと申します」



 アルベールの紹介を受けて、カミーユはその場で腰を落として礼の形を取る。「顔を上げると良い」というロクサーヌの声に、ゆっくりと姿勢を戻した。

 再び顔を合わせたロクサーヌは、表情が乏しいながら、その目許が柔らかく弧を描いていた。



「初めまして、カミーユさん。今日は来てくれてありがとう。私の息子が迷惑をかけていないだろうか。毎日君の元へ足を運んでいるのだろう? 騎士のくせにあまり女性と言葉を交わしたがらないものだから、加減というものを知らなくて……」



 ロクサーヌが申し訳なさそうに言い、カミーユの隣にいたアルベールを軽く睨む。「迷惑だなんて……」とカミーユが慌てて口を開くけれど。どうやら気を遣っているだけだと思われたらしく、ロクサーヌはやはり申し訳なさそうに「息子がすまないな」と呟いている。

 当のアルベールはといえば、ロクサーヌによく似た美貌をやはりよく似た無表情で飾ったまま、「ご心配なく、母上」と返していた。
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