英雄閣下の素知らぬ溺愛
 ……現実逃避している場合ではないわ。何か話を逸らす話題は……。



 険悪、というよりはどこかロクサーヌがアルベールで遊んでいるような雰囲気ではあったが。周囲の客人たちがおろおろと互いに顔を見合わせているため、このままにしておくというわけにもいかず。再び二人の会話に割り込む話題はないかとカミーユは頭を巡らせる。

 はっと、思った。



「公爵夫人。今更になってしまいますが、このような素敵な会にお誘い頂いておきながら、遅くなってしまって申し訳ありません。開始時間を勘違いしてしまったようで……」



 そういえば謝罪がまだだったと思い、慌ててそう口にする。アルベールがエスコートしてくれたとはいえ、さすがに礼を失した行いであった。

 ロクサーヌは静かにカミーユの言葉を聞いていたけれど、こてんと、その首を傾げた。「何を言っている?」と、不思議そうに言いながら。



「君は時間通りに、いや、時間よりも早くここに着いている。元々、ティーパーティの開始よりも遅い時刻に招待したんだ。君のことを、皆に紹介したくてね。……だから、彼女は決して遅刻などではないよ」



 そう言って、ロクサーヌは視線をどこかへと向けた。つられてそれを追えば、先程カミーユに苦言を呈していた夫人たちの姿がある。彼女たちはロクサーヌの視線を受け、その肩を震わせて身を縮こまらせていた。

 ロクサーヌはなおも、言葉を続けた。



「それにしても、途中でアルベールが早馬を送って来たから、君を遅くに招待していて都合が良かった。……アルベールの求婚を、受けてくれたんだろう?」



 にっこりと、ここに来て初めて見たロクサーヌの笑顔は本当に晴れやかで。早馬なんていつの間に送ったのだろうか。そう思いながらも、カミーユは僅かにはにかみながら、素直に「はい」と言って頷いた。

 見上げれば、アルベールもまたいつも通り、柔らかい表情で微笑んでいる。
 そんな二人を見るロクサーヌもまた、満足そうに笑った。



「うむ。やはり丁度良かった。では、こちらへおいで。皆に紹介しなければ。……私の新しい娘が、こんなに愛らしい子でとても嬉しいよ」


 そう言って、ロクサーヌはまるで騎士のように手を差し出してくる。それを払うような素振りを見せるアルベールの様子にまた少し驚いたけれど、二人は特に気にした様子もなくて。

 思わず笑ってしまいながら、カミーユはロクサーヌに導かれて、ティーパーティに招かれた人々の間に立った。



「紹介しよう。息子、アルベールの婚約者、エルヴィユ子爵家の、カミーユ・カルリエ嬢だ」
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