英雄閣下の素知らぬ溺愛
 テオフィルと別れてから、アルベールの元にはそれまで以上に人が集まって来ていた。傍らにいたカミーユもまた、その度に挨拶を交わしていたけれど、皆一様に先ほどのテオフィルとの会話を口にし、「閣下が嫌がられるでしょうから」と言って、カミーユのことであってもアルベールに言葉をかけていた。

 おかげで男性と顔を合わせることが少なくて済み、たくさんの人に囲まれながらも、あまり気負うことなく対応出来ていた。

 まあ、だからと言って、完全に気疲れしないわけではなく。そもそも今までに出席した夜会で受けていた挨拶とは、数の桁が違うのである。体力にも気力にも限界が来るのは、仕方がないとしか言いようがなかった。



「カミーユ、疲れただろう。そろそろ休憩室へ向かおうか」



 傍で同じように挨拶を受けていたアルベールは、慣れているのかそれほど疲れた様子もなくカミーユを気遣うようにそう訊ねてくる。
 今回はアルベールの婚約者として出席する初めての夜会であるため、出来る限り傍にいて、婚約者として不備がないように振舞いたかったのだけれど。

 顔に疲労が浮かんでいたのか、「まだ大丈夫ですわ」と応えても、アルベールが納得するはずもなく。優しく微笑んだ彼は、「では、私が疲れたようだ」と呟いた。



「少しで良いので休みたい。共に来てくれるだろうか?」



 そう言って手を差し出されれば断れるはずもなく、カミーユは彼の気遣いを嬉しく思いながら、「もちろんですわ」とその手を掴んだ。

 挨拶に来ようとする人々の間を進み、大広間から廊下へと足を踏み出す。中庭に面した廊下を進めば、すぐに部屋の扉が見えて来た。王宮に足を踏み入れることがほとんどなかったので、カミーユはよく知らなかったが、それが休憩室なのだとアルベールが教えてくれた。

 共用の休憩室に、男性用、女性用と、いくつも並んでいる扉の前を、アルベールは迷うことなく通り過ぎていく。彼がテオフィルから用意してもらった専用の休憩室は、そこから更に進んだ所にある部屋だった。

 扉を開いて中に入れば、広々とした部屋の中にいくつかのソファと机、テーブルが置かれていた。大きな窓の向こうはすでに暗く、いくつもの星々がその姿を煌めかせている。

 アルベールのエスコートでソファまで足を進めたカミーユは、そこに座って深く息を吐いた。思っていたよりも、緊張していたらしい。今までに会ったこともないような高位貴族や他国の高官の方々と言葉を交わしていたのだ。しかもそのほとんどが男性であったため、気を張らないというのは無理な話である。
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