ところで、政略結婚のお相手の釣書が、私のこと嫌いなはずの『元』護衛騎士としか思えないのですが?

「俺は、誰かを愛するなんて、考えることもできない」

 アルベールの未来を憂うあまり、どこか疎遠な態度の父と母。
 そして、気の毒そうな目でアルベールを見る屋敷の従業員。
 兄たち二人も、どこか遠慮がちにアルベールに接する。

 だからこそ、アルベールはある日旅に出た。
 目的は、魔獣との激戦地として知られる、コースター辺境伯領だった。
 それは、自分の腕を確かめようとする若い騎士の聖地でもあった。

 しかし、若さによる無謀さにより、道半ばで体調を崩してアルベールは、倒れてしまった。

「あの、あなた。大丈夫ですか?」

 鈴の鳴るような声をした黒い髪と瞳の少女は、アルベールを心配しているということを隠すこともせずに、水の入った器を差し出した。
 そんな、真っすぐな好意を受け取ったことがないアルベールは、しばし呆然とその少女を眺めた。

 それは、ただ恩を受けただけの出来事。
 そのあと、その少女と出会うことさえなければ、小さな感謝と芽吹くことのない気持ち、ただそれだけの出来事ですんだはずだった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。あの……もう大丈夫ですか? お水、もっと飲みますか?」

 人の善意というものをあまり信じていなかったアルベールだが、その少女の純粋さに、視線を奪われる。

「それは、恋というものだと思われます」
「……は、恋?」

 コースター辺境伯家の万能執事は、剣くらい当然嗜む。

 相手から目を離せない。それが、恋に落ちたということなのだと、数日後、初めての完膚なきまでの敗北とともに、アルベールは万能執事セイグルに教えられた。



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