遠き記憶を染める色
①記憶の中

①記憶の中

記憶の中




壮年期をやり過ごすオトナにとって、幼年期の1年はざっくり言って10年に相当する。
異論多かれど、相対性理論をパロッて論及すれば、いたって簡潔にカタがつき、すなわち、記憶の密度と”発見”の衝撃度で脳への刻みが深いだけ…。
そうなる。


母親のお股から本能と何かの原理作用でこの世に放出されたウブの凡子たちは、意識を宿す幼児となった時点で、3つのルールを鮮烈に刻印される。


それは、言葉と数のリアル、そして己での中の肉と心の相互溶解…。
概ね、現代を生きる人間大半は、幼稚園ないしは保育園でその仮免許を得るレールに乗せられ、大海に出陣となる訳で…。


それに始まる天に召すまでの各々の期間は、己とのガチンコ勝負での組み手が、真正面か斜めかに分かれる。
端的に前者が勝ち組、後者は負け組だろうが、後者には敗者復活ロード、前者には立ち止まることが許されないカコクなエンドレスコースという、それぞれへの切符を握らされる。


水銀のため息が出るような、なんともなしんどい限りの人の世、物心ついてわずかな時期の珠玉の記憶は誰にでもあるものだ。


***


千葉南端に暮らす潮田流子もまた、その例外ではなかった。


今年16歳になる彼女は、その心と脳裏に生まれ育ったコバルトブルーの海とカレの眩い瞳がフュージョンした8歳の夏、その記憶は彼女のお宝となった…。


その彼とは…、7つ年上の血の繋がっていないいとこに当たる、甲田サダトだった。
ただし、彼には世に通るもう一つの名…、いや、別の顔があった。
ヤンちゃん系アイドルグループ、レッツロールのサダトというパブリックネーミングとそのポジショニングだった。


そして、この年の7月下旬…。
サダトが母親の死んだ姉が嫁いだ先の実家に当たる潮田家の本家を、8月上旬に訪れるというビッグニュースが流子の耳に飛びこむこととなった…。
しかも、2泊の行程で…!


で…、潮田流子は本家の同敷地内にある分家に住んでいるのだった。


だが、あいにく高校2年生の流子はちょうど所属する水泳部の夏期合宿で、彼女が家に戻るのはサダトが東京へ戻る日の早朝予定だった。

***

その一報が彼女の住む大岬にもたらされた3日後、流子と父親は本家に”お呼ばれ”して、夕食時、本家の居間へ赴いていた。


「…流子、サダ坊なあ、何とか事務所にかけ合って、仕事のスケジュール調整ができたそうだ!おめえが家に帰ってくる7日の日中まではこっちにいられるってよう。あー、よかったよう。なー、ハハハ…」


流子の父洋介はその晩、カップ酒を片手に至極ご機嫌だった。


「そんで、流子ちゃんはよう、7日はその長野の合宿から何時くらいに帰ってこれらるんだあ?」


潮田本家の当代主である、流子の父の兄、磯彦はサダトの義理の叔父に当たる。


「たぶん、大岬のバスターミナルには、早朝5時半ごろに到着する予定らしいって聞いているんですけど…」


「なら、洋介が車で迎えに行ってやりゃあよう、ここには6時前に着くなあ…」


「いやあ、これで流子ちゃんも全国区で有名になったサダトさんの顔を拝めるわけね。よかったねえ~」


磯彦の妻、映美子は潮田家本家へ嫁いで3年目の後妻であったが、年は夫より一周り以上下の30代前半で、彼女的には誰よりも全国的アイドルの遠い親戚の息子を待ちわびていたのだ…。


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