遠き記憶を染める色

㉕今生の別れとその衝撃

今生の別れ、そして拡散するその衝撃!



「おお、流子‥、気がついたか‼大丈夫か、おめえ…⁉」


「お父さん…、私…!ここは…?」


「有波先生の病院だ。…お前、気を失ったまま、白目を剥いて痙攣してさ…。ここに運んだんだ」


「流子…」


流子の両親は意識を取り戻したことを喜ぶより、むしろ事の事態を捉えた娘の反応に恐れを抱いていた様子であった。


***


「…夢じゃないの?…お兄ちゃん、死んじゃったって…、何かの間違いでしょ?ねえ、お父さん‼お母さーん…」


「…」


洋介と絹子は無言でたたやだ俯くだけだった…。


「やだー!!やだよーー‼サダト兄ちーゃん…‼」


夜7時半…、。
堤防沿いの海岸べりにその潮焼けした、だが意外と築浅な3階建ての有波病院からは、流子の絶叫が悲しくがこだましていた。

そして…、まだほんのり明るい波打ち際では、その哀声に応えるかのような、岸壁へ押し寄せる太平洋の波は俄かに荒くなってきた…。


***



「えー‼じゃあ、甲田サダト…、自分で自分の”アレ”切って…⁉」


「でも、まだ彼のアレ、発見されてないんでしょ?じゃあ、わかんないよ。…仮に海へ間違って落ちて、魚とか漁船のモーターとかに接触してそこが切断されたとか‥」


「でもさあ…、一応、遺書が見つかったらしいから…。とは言っても、まだいろんな可能性、考えられるってことはマスコミも報道してたよね。他殺説説も消えてないでしょ、実際…」


「どっちにしても、流子のショックはカンペキ、ヤバイよ!アイツ、今だ学校にも来れてないし‥」


高校のクラスメート3人は、思わず主のいない机に視線を注いでいた…。


事件発覚から1週間あまり‥。
甲田サダトの、言語を絶すると言っても過言ではない衝撃的な死は、連日、世間の注目を一身に集めていた。


***


東京湾に下半身丸出しで漂流して死んでいた…。
しかも、遺体からは男性性器が欠落されていたのだ…。


現役アイドルグループメンバーのあまりにも突然で、ショッキング極まるその訃報は日本中を震撼させ、TVのワイドショーでは連日、当該事件の最新情報を流して続けた。


すでに、所属事務所と家族に向けた遺書らしきものは発見されたが、その内容はかなり抽象的な表現で書き綴られており、ましてやPDFの署名ファイルではなく、第3者の改ざんが不可能ではないワードに打ち込まれた書式ファイルであったため、本当に甲田サダト本人の残したものかどうか…。
さらに当該文書の初出等、その辺りの断定も安易ではないという現状があった。


警察サイドは何しろ、社会的のも多大な影響力のある人気アイドルの変死事件ということで、捜査の進捗状況の公表には極めて慎重を期したため、世間からはかえって様々な憶測が出回るという皮肉な現象を起こしていたのだ。


***


早くもネット上では、元交際相手の女優・永島弓子がかつて暴力団関係者との繋がりが噂れていた過去まで掘り起こされ、復縁をせがまれた甲田サダトにストーカー行為を受けていたといったウワサとリンクさせた、かなり物騒かつ飛躍的な推測なども流れていたのだった。


さらに、サダトと別れる前から某お笑い芸人と不倫関係にあったという疑惑が女性週刊誌にすっぱ抜かれ報道されたことから、甲田サダトの変死は俄然、元恋人の永島弓子がクローズアップされることとなった。


そして折しも、永島弓子はプライベートで滞在中だったハワイから帰国するということで、その日成田空港では、野次馬根性マックスの芸能レポーターが大挙待ち構える異様な事態を迎えていた…。

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