遠き記憶を染める色

㉗彼女は彼女を見ていた

彼女は彼女を見ていた



ここで…、弓子はサングラスをかけたまま、憮然とした表情でいきなり語気を荒げてコメントした。


「私は彼が命を断つなんて、ホント、全く想像もしていませんでしたよ。それに…、今は別れたんです。ですから、何も知りません!」


『自殺の原因が甲田さんの変わった性癖だったという指摘は、いかがでしょうか?』


「わかりません!」


『しかし、結婚前提でお付き合いされてたお相手ですよ。少なくとも、その変わった性癖のことはご存知だったんじゃないですか?』


「…”そういう面”があることは、承知してました」


『それをお聞きになったのはいつ頃ですか?結婚前提のお付合いを公表される前ですか?』


「ええ‥、やはり、かなり最初の頃から…、ですよ」


彼女の返答はどこか歯切れが悪かった。


***


『ということは、”その事”を理解された上で、結婚前提でお付合いをされてたんですよね?…であれば、半年前に甲田さんと破局に至った原因は、彼が深刻に悩んでいたその性癖ではなかったのですね?』


あの…、交際相手と別れる私的な理由って…、ひとつとかとは限りまんよ。いろいろですよ!そりゃあ…」


『では、永島さん!少なくとも、甲田さんと交際中は彼がああいった酷い死を決断したほど悩んでいた”そのこと”を、永島さんは許容していたんですね?』


「あのう…、亡くなった人の性癖ばかりで騒いで、私、不謹慎だと思いますよ!彼の人格を傷つけることになるんですから。私は心が痛みますよ。あなた方にはそういう気持ちって、ないんですか?いい加減にしてください!もう、話すことありませんので!!」


ここで弓子はキレた。


***


『ですから…!ファンの方も本当のところを知りたがっているんですよ!甲田さんがいたたまれないから、まだ別れて間もない年上であられる永島さんが一番、よくご存知のことと思いますので。永島さんは甲田さんのその悩み、交際している間は、当然、そのことだけで別れる理由にはしていなかったということで、よろしいですね?』


「ええ!まあ、最初から知っていたことですから!」


”嘘つき!!”


テレビの画面の向こうでは、無言でこう呟く少女がいた。
凄い形相で、画面の向こう側にいる、有名女優を刺すように睨みつけながら…。


***


『永島さん!では、レッツロールのメンバーがコメントした、2年近く前からお二人がすでに破局してたということが事実なのか、お答え願いますかー?』


「別れた別れてないって線引きは、一様じゃあないですから…」


『それでは、永島さんの認識では、結婚前提まで宣言したお付合が続いていたのはいつごろまででしたか?』


「そんなこと、答える必要はないでしょう!!ノーコメントです!じゃあ、もう迷惑なので…!」


もう弓子は小走りで報道陣をかわし、逃げの態勢だ。


***


一方、芸能レポーター陣もここで逃してはなるかと、弓子をピタリとマークし一斉にターゲットと並走、マイク攻撃はいよいよ激しさを増していた。


『なぜですかーー⁉お二人が決別を表明されたのは、永島さんが助演賞に輝いた映画の大役を射止めて直後ですが、それ以前に破局していたのかどうか、事実をお聞かせくださいよー!』


「答えられません‼理由はさっき言った線引きが微妙なので…。そう言うことですよ!以上で失礼しますから…」


『待ってください、永島さん!甲田さんを自殺にまで自分を追い込んだ悩みですよ!仮にそのことが理由で、事実、お二人が終わっていたなら、その間、結婚前提の交際を続けていることを世間に装って、甲田さんは一人で悩み続けていたことにはなりませんかー?』


「ふざけたこと言わないでくれますか‼(有名女優、ブチギレ寸前…)もう何もしゃべらないわよ!」


永島弓子は付き人とともに、報道陣軍団を強引に押しのけ、疾風の如く去って行った。


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