遠き記憶を染める色

㉜かくて二人はカラダも溶け合った

かくて二人はカラダも溶け合った



「愛してる…」


「オレもだ。どこに逝こうが、どこまでもキミを愛していく」


「ああ…、お湯が私の下半身に当たってくる…。あなたのとも一体になって…」


「渦だ…!こんな狭い水中で、しかもお湯がオレたち二人と相反応して潮を産んで…、そ、そのうねりがオレと流子ちゃんの下半身を撫でてくれてるんだよ‼昇天しそうだ…」


サダトの決して大きくない二つの眼は、飛び出さんばかりに瞳孔が開いていた。
そう…、おそらく彼は臨界レベルで感じていたのだろう…。


して!私もあなたと溶けて一体になるわ!」


もはや、ここに至った愛する人を前に、流子のどこに迷いがあろうか…。た。
かくて、二人の真義を経た”儀式”はトリップ交じりでクライマックスを迎えようとしていた…。


***


「ああ…、そしたら、ここで捧げる。流子ちゃんの体の中で…。このあったかいお湯と溶けあった二人のカラダを寄せ合って…。いいんだね、本当に…?」


「いいわ!私は大丈夫だから…。サダトさんの思うようにやっていいのよ。…私たち二人は互いに二人のものなのよね、永遠に…」


「そうさ!海に還るんだ。海が命を産んだ時の海になったときの源に…。そこに還る…。ううっ…!」


「ああー、私も…」


二人は全く同時に果てた。
そしていつの間にか、サダトの右手には浴室に持ち込んだ果物ナイフが収まっていた。


***


「行くぞ!流子ちゃん…、オレは逝く!」


「イッて!私…、お兄ちゃんが言ったとおり、最後までやれるわ!」


「ありがとう…、本当にありがとうな、流子ちゃん…」


「いいの。私、お兄ちゃんと溶けあえて幸せだった。いつか私も海に還る。待ってて…」


「待ってる…。でも一緒さ、いつも。あはは…」


間もなく、浴室からはサダトのすさまじい絶叫が劈いた。


***


「…”それ”、頼む…、流子ちゃん…。先…、行ってる」


”大丈夫よ…。大丈夫…、私はちゃんとやれる。迷わずイッて。いずれ私もお兄ちゃんの海に戻るからね…”


流子の手には、たった今、サダトがナイフで切り取った証が”置かれて”いた。
それは…、まるで静かに佇むように…。
今さっき、自分を抱いた時と同じままで…。


真っ赤に染まった浴槽は、端的にみんな一体だった。
この世での命は絶ったあとの甲田サダトも、その彼を抱いている潮田流子も…。
そして、真紅を纏ったお湯という名の海の源も…。


***


目が覚めると…‼

流子は即、”それ”を夢だと悟った。
ベッドの中の全身は汗がにじみ出て、動悸も激しい…。
通常なら、大声をあげて起き上がり、ハアハアしながら、”夢だったのか!”となる…。


”あんなこと”があったのだから…、”悪夢”にうなされて無理もない、当然…、となる。
だが…。


流子は、そのショッキング極まる夢が去来することを歓迎していたのだ。


いや…、それどころかその夢こそ、”呼び夢”だったと瞬時に確信できた。
ここでの彼女は、うつろな面持ちでうふふとほほ笑んでいた。

そして、その真っ赤な夢を今度は”寄せ夢”にすることも決めていた。
その決意を流子が自覚した瞬間、少女のカオは鬼神の如き形相に変転する。

常夜灯でほのかに照らし覗くその憤怒に支配された眼光は、然るべきの対象者に向けられていた。
ほかならぬ”あの女”へ…。


ほどなく、ベッドの中で、流子は再び静かに微笑んでいた…。
どこか不遜な表情で。
< 32 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop