遠き記憶を染める色

㉟晒し身で射る

晒し身で射る



『はい…。当時、潮田さんは8歳だったそうですが、漁師を営む潮田さんのお父様に連れられ、早朝、お二人は漁船で沖釣りをされていたそうなんですが、そこで当時14歳だった甲田さんが、過って船から海へ落ちたそうなんです。それで…』


女性レポーターは、浦潮に呑まれてサダトが溺れかけ、その時潮に”イカされた”ことで、自己の性に対する捉え方がこの体験で変化したと、のちに彼から告げれたという流子の証言を伝えた。


加えて、以後サダトが水の中での性交渉を欲する気持ちが抑えられなくなり、要するに、今回報道で明らかとされたサダトの特殊な性癖は”その行為”であったということも、彼女が彼本人からの告白という形で公に明かされた。


この報道が各局のワイドショーで発せられると、連日の甲田サダト関連はすべての面でピークに達した。
永島弓子は格好の”悪役”に仕立てられ、過去のアイドル喰いも掘り起こして、自身の話題作りに使う腹黒い女として格好のターゲットにされることとなったのだ。


言わば、一連の報道は、甲田サダトから離れた話題の主に枝分かれしてしまう現象に至ったと…。


一方、芸能人だった愛する憧憬の人の為、実名を晒してまでカレの名誉と尊厳を守ったうら若き女子高校生潮田流子には、世の喝采と激励が送られることとなる。
それは、人気アイドルグループのメンバー、甲田サダトのファンからも…。


***


何しろ流子には、幼少期からサダトとは血の繋がらない遠い縁故関係という、何とも絶妙なポジション、さらに彼の”運命の分岐点”に居合わせた確たる”別格の勲章”、そして極めつけが過去のみならず、現在進行形で”彼”の深部に喰いこんでいた実証を手中にしている説得力があった。


これを以っては、世間一般の目のみならず、熱烈なサダトファンも彼女を”公認”するほかなく、それはここに至っては妄信の側面さえも付していたと言えよう…。


そう…、流子はすべて計算づくだったのだ。
マスコミへサダトの性癖を生んだ大岬沖の浦潮に呑まれた一件、過去の自分とサダトとの一部始終、そして自ら実名と素性を世間に明かすことをで、”何”が起こりうるのかを…。


***


さらに流子は、何と8月にサダトが来葉し再会した際、自分とサダトが共に愛しあう気持ちを”確かめ合った”こと、そして、その後サダトのマンションを訪れ、そこで貸金庫の中のデータを”託された”経緯と事実”もマスコミに提供したのだ。


流子からのあまりに鮮烈な証言の数々に、さしものマスコミも仰天したが、即日、潮田流子の明かした経緯・事実・その証憑たるデータ、文書を一挙に報じた。
この際、各ワイドショーの切り口と組み立ては皆同様だった。


すなわち、何かとスキャンダラスな甲田サダトの元恋人だった永島弓子の隠していた事実を突き付け、いわば年上の大女優が彼に及んだ挙動に疑念と不信を浮かびあがらせることで、現役アイドルが自ら性器を切取るという壮絶な自殺を決意したその”なぜ”を、シグナルとする意図が植え込まれていたのだ。


つまりマスコミ側には、今回サダトが世間に与えた衝撃を、彼への同情心に向き変える”誘導”が先にありきだったのだ。
そしてそのことは、ほかならぬ流子がいち早く敏感に感じ取っていたと…。


***


そこで彼女は、永島弓子への世間の目が厳しくなったタイミングを突いて手記を放ったのだが…。
ここで彼女は、永島が自己弁護に出ることを予め織り込んで、あえて二の矢、三の矢をストックしておくことにした。


彼女は、マスコミの永島バッシングが論拠を持たずにエスカレートすれば、ある局面を境に、サダトへの同情モードが揺り戻しされるという読みも持っていたはずだ。
したがって、永島が何らかの言及やメッセージを発したその都度、新たなタマを打ち込み、世間の非難を浴びる風潮から彼女を逃さない戦術に出ていたのだ。


流子のメディア心理を利用したしたたかな世論誘導は、絵に描いたように功を奏することとなった。
何しろ、この短期間で永島弓子は世間の敵にまで達したのだから…。


だが、流子には避けられない世論の難関が待ち受けていることも承知していた。
それは…、あまりに悲劇のヒロイン的なスポットライトを受け、彼女が守るべき自分を愛する少女を置き去りにして、なんで今、あんな死を選択しなければならなかったのか…。


そういう世評の行きつく先は知れている。
互いに愛し合ってることを確かめ合った直後に自ら命を絶って、彼女を悲しみのどん底に追いやった甲田サダトが、今度は世間から厳しい目が向けられると…。
何と無責任な…。
やっぱ、自殺は自己勝手だ…、となる。


サダトを心の芯から愛した潮田流子は、ここを最大のハードルとして当初から捉えていた。
そして、彼女はその機を計るバロメーターへの注視に怠りがなかった…。




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