遠き記憶を染める色

⑦二人の淡い目覚め

二人の淡い目覚め



「じゃあ、何よ…?海に落っこちたサダちゃんの下半身に魚の群れが当たってきて、それでいっちゃったっていうの?」


「おい、あんまり大きな声だすなって!流子に聞こえるだろ。まあ…、そうらしいんだ。有波先生が指摘してくれたのを、アニさんがたぶんそういうこったろうて…」


「でもねえ、あの年頃じゃあ、先生が心配される通りだろうよ。死ぬほど怖い思いをしたんなら、大人になっても決して忘れないよ。それと気持ちいい気分も一緒に消えないまま残っていくのかもしれないよ。かわいそうなことをしたねえ…」


流子の母、絹子の指摘には、夫の洋介もまったく同感だった。
そしてこの両親の会話を、隣の部屋でまだ眠りについていなかった流子は耳にしていた…。


***


その4日後…。
サダトが埼玉の自宅に帰る前日の夜、流子は両親と共に本家に呼ばれ、夕食を共にしていた。


だが、流子は暗い気分に陥っていた。
サダト兄ちゃんが大岬から帰る日…。
子供の頃の流子にとって、それはとても辛い時だったのだ。


サダトと流子は食事を終えると、縁側で花火に興じた。
大人たちは、そんな二人を食卓で遠巻きに微笑ましそうに見ている。


***


「サダト兄ちゃん、ホントに明日帰るの?」


「うん。今度、また冬休みに来るよ」


「本当はお兄ちゃん、海で怖い思いしたから、もう大岬に来るの、いやんなっちゃんたんじゃない?」


「そんなことないよ。あのさ…、流子ちゃんには、潮に捕まった時のこと、ちゃんと話すよ。そうだな、オレくらいの年になったらかな」


「どうして?なんで、今教えてくれないの?おさかなにあそこをぶつけられて痛かったことじゃないの?」


「流子ちゃん!知ってたの?」


サダトは目を見開き、やや苦笑交じりだった。


***


「お父さんとお母さんが話してたの、聞こえちゃったんだ。まだ起きてたから。でも、私が知ってるの、黙っててよ」


「うん。言わないさ。…流子ちゃんはお兄ちゃんのこと、心配して、知りたかったんだもんね?」


「うん。大丈夫なの、そこ…?」


流子はそう言って、正面にしゃがんでいるサダトの半ズボンに目線を落としていた。


「ハハハ…、大丈夫だよ。でもさ、それとは違うことも、中学生くらいになったらね、キミには話しておきたいんだ」


「じゃあ、約束ね。指きりしよう」


その時、サダトお兄ちゃんと約束したことを、流子が知ることになるのは、それから3年後…、彼女が中学に進学した年の夏となる…。





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