元カレと再共演することになりました

タイムスリップしたかのような世界

ドラマ初回放送後の撮影日。

「リサ、急ぐわよ。」

安定の生き急いでいるマネージャーの鬼頭さんの後ろをひたすらについていく私。

そして、

先週から新しく私についてくれることになった新人マネージャーの下田くんもそのあとを必死に追いかける。

下田くんは、今年の3月に大学を卒業したばかりのピチピチ新社会人。

身長は、180cm以上の長身、

マネージャーではなく、芸能人を目指した方が良いのではないと思う程の端正な顔立ち。

そして、顔には、しっかりとフルメイクが施されている。

メイク前の私は、正直に言うと、隣に並びたくない。

「佐藤リサさん、入られます。」

ADさんの綺麗な声と共に続々とスタッフたちが私に向かって挨拶をしてくださった。

クランクインの時は、ほとんど目も合わせてくれなかったスタッフたちが、

満面の笑みを浮かべ、ペコペコと頭を下げる。

この手のひらを返したような態度も芸能界のあるあるだ。

「おはようございます。おはようございます。よろしくお願いします。」

私は、クランクインの時と同じ態度で挨拶をし続けた。

いつまでも謙虚に。

これが活動を続けていく上での私のモットーだからだ。

プルルルルプルルルル。

隣にいた鬼頭さんの電話が先程からずっと鳴っている。

「あ、電話だ。下田!リサと先に行ってて。」

「はい。分かりました。」

鬼頭さんは、右手にスマホを持ちながら、顔を上下に動かしながら、

「はいはい。ありがとうございます。はい。おかげさまで。はい。はい。ありがとうございます。」

先ほどからどの電話にもこのフレーズで乗り切っている。

さすがに不思議に思った私は、下田くんにこう尋ねた。

「今日、ずっと鬼頭さんの電話鳴ってない?どうしたの?」

「それがですね、こないだの1話の反響が凄くて、リサさんに仕事の依頼が殺到してるみたいなんですよ。」

「え、ほんとう?」

「はい。SNSでも話題を呼んでるみたいで、放送後すぐにトレンド入り、見逃し配信でも1位を獲得しているみたいです。これ見てください。」

そう言って彼がSNSの投稿を見せてくれた。

そこには、

「佐藤リサ、久しぶりに見たけど、やっぱり演技上手い。」

「ルイくんとリサちゃんのコンビ、大好き。」

「ルイくんの相手役がリサちゃんでよかった。」

下田くんが良いコメントをわざわざ選んでくれたのではないかと思うほど、好評なコメントばかりだった。

「なにこれ…いいことしか書いてないじゃん。」

「当たり前じゃないですか!リサさんは、天才女優なんですから。」

「なにそれ。それいつも言ってない?」

「いやいや、本心ですよ。これまでの頑張りが報われて、僕本当に嬉しいっスから。いつまでもリサさんについて行きます。」

「もう、大袈裟なんだから。」

The体育会系の先輩に媚を売るのが上手い今どき男子だ。

自信のない私にとっては、彼のような存在は、非常にありがたい。

朝から気分の良い私は、ルンルンルンな気分で今にでもスキップでもするのではないかという勢いでエレベーターまで向かう。

すると、見覚えのあるピンクのスカーフが目に入ってきた。

「あ!リサちゃん!リサちゃん、調子どう?久しぶりの連ドラ疲れ、でてない?なんか悩み事あったらいつでも言ってね?」

原さんだった。

原さんに名前を呼ばれた。

しかも、今日は、何故だか目が合っているような気がする。

原さんの顔をこんな正面で見たのは、久しぶりだった。

原さん、どうしたんだ?

今日は、すごく上機嫌だ。

にしても手のひら返しがすごいな。

何度も言うが、

これが芸能界の嫌いなところでもあり、怖いところでもある。

「あ、ありがとうございます。今のところ大丈夫です。」

私は、少しそっけなく返した。

「そう?おい!AD。リサちゃんが立ちっぱなしだぞ?椅子用意しろよ。おい。遅せぇぞ。」

彼は、手に持っていたボールペンをADさんに向けながら指図する。

おいおい、原よ。やりすぎだぞ。

そんなことされたら、私の評判まで悪くなってしまうではないか。

「いやいや。お気遣いなく。」

私は、精一杯の愛想笑いをした。

「おい。AD。何突っ立てるんだ。リサちゃんにお水持ってこい。」

「原さん、本当に大丈夫ですから。」

私は、腹から声を出した。

「何言ってるの、リサちゃん。リサちゃんは、このドラマのヒロインなんだから。次の作品でもヒロインやってもらおうと思ってるからよろしくね。」

「ほんとですか?ありがとうございます。ぜ、ぜひよろしくお願いします。」

やった!!!

原さんのことは、正直好きになれないけど、原さんの手掛けるドラマは、必ず話題になる。

次回作にも、出れるなんて。

これまで頑張ってきてよかった。

報われた瞬間だった。

それも彼と再会したおかげだった。

彼には、感謝してもしきれない。

「リサ!」

遠くからふくよかな70代男性。

杖をつきながらこちらへと向かってくる。

彼の隣には、メガネをかけたショートヘアの女性。

「え、社長?」

うちの事務所の社長と秘書の中村さんだった。

社長が自ら現場までかけつけてくれたのだ。

そんなこと今まで一度もなかった。

私は、泣きそうになるほど嬉しかった。

これも全て彼のおかげだ。

「藤田社長、いつもお世話になっております。」

いつも横柄な態度の原さんも、社長の前では腰が低くなる。

うちの事務所は、大手芸能事務所だ。

私以外にも多くのタレントが所属しており、原さんの作品にも数多くの俳優が出演している。

社長は、この芸能界でものすごい力を持っているのだ。

「原くん!今回は、リサのことどうぞ頼むよ。」

そう言って、原さんの肩に手を置く。

「も、もちろんです。」

原さんがこんなにもびくびくしているのを見たことがない。

それほど恐れている相手なのだろう。

「原さん!大変です!」

ADの山本さんが駆け寄ると、

「では僕は、失礼します。」

逃げるようにどこかへ走り去って行った。

「社長!どうされたんですか?わざわざ現場まで来てくださったんですか?」

「おう。今期1番の注目ドラマにうちのタレントが出演してるんだ。しかもヒロインで。こんな誇らしいことは、ないよ。」

「ありがとうございます。社長には、これまでご迷惑ばかりお掛けしていたので、今回恩返しができて、本当に嬉しいです。」

「そんな迷惑なんてかけられた覚えないよ?やっと正当に君が評価されたんだ。世間が気づいていなかっただけだよ。」

仏のような優しい顔で微笑みかけてくれた。

「社長。お弁当、手配しておきました。」

敏腕秘書の中村さん。

お弁当まで手配してくれたみたいだった。

「あ、そうか。現場の皆様にお配りしてくれ。」

「かしこまりました。」

「社長!もしかして差し入れしてくださったんですか?」

「ああ。お弁当、差し入れしたよ。あとでみんなで食べてね。」

「何から何までありがとうございます。」

3人で話していると、

「桜ノ宮ルイさん、入られます。」

再び綺麗な美声がスタジオ内に響く。

またルイ、如月さん、数多くのスタッフたちが続々と入ってくる。

先頭を歩いていたルイにヘアメイクの小笠原さんが話しかける。

「ルイくん、今日のメイクのことなんだけど…」

すると、2人の狭い間に如月さんが割り込む。

「小笠原さん!ルイと話をする時は、私を通して頂きます。」

「あ、そうでしたね…すみません。如月さん、今日のルイくんのメイクなんですけど」

あからさまに呆れた表情の小笠原さん。

その間にルイが歩みを進める。

そんな彼に、スタイリストの佐久間さんが

「ルイくん!今日の衣装のことなんだけど。」

タブレットを彼に見せた。

すると、

再び先ほどよりも狭い間に入ってきて、

「佐久間さん!ルイと話をする時は、私を通して頂きます。」

「は、はい。すみません。」

怯えながら謝る佐久間さん。

今にも怒り出してしまいそうな顔のルイが再び歩みを進める。

「ルイ!今日の脚本のことなんだけどさ…」

監督がルイに近づく。

「監督!ルイと話をする時は…」

「ああ。わかったよ。」

監督の様子を見る限り、如月さんは、いつもこんな感じなのだろうと思った。

まだ撮影が始まっていないのにも関わらず、疲れがMaxのルイがこちらに歩いてくる。

「リサちゃん、おはよう。今日もよろしくね。」

アイドルスマイルのルイ。

だが、少し疲れているように見えた。

「うん。よろしく。」

「では、僕は、行きますね。リサさん!今日も頑張ってくださいね。」

満面の笑みの下田くんがどこかへ行ってしまった。

「うん。ありがとね。」

「新人マネージャー?」

「そうそう。下田くん。最近鬼頭さんについたみたいでさ。」

「へぇ。そうなんだ。仲良さそうだね。リサちゃんが男と話してるの珍しいから驚いた。」

何故だか拗ねている彼。

「そ、そうだね。彼は、なんでも褒めてくれるし、面白いから話しやすいんだよね。」

「そ、そうなんだ。リサちゃん、彼のこと好きなの?」

「え?下田くん。ないない。彼は、マネージャーだから。」

「そうなんだ…リサちゃん、今付き合ってる人っているの?」

「いや…いないけど。」

「そうなんだ。良かった。」

なんでそんなことをわざわざ聞いてくるんだろう?

下田くんと話している私を見て、嫉妬してくれたのかな?

付き合ってる人いる?なんてなんで聞くんだろう?

あとよかったってどういうことなの?

ルイは、今も私のことを好きなの。

あああもう分からない。

この男の考えていることが分からない。

しばらく考え込んでいると、

「実は、今回のドラマを通して、リサちゃんに伝えたいことがあるんだ。だから最後まで見守っていてほしい。」

彼がボソッと呟いた。

伝えたいこと?

やっぱりこのドラマは、私たちの物語なの?

何を伝えようとしているの?

「ね!ルイ!やっぱり今回の脚本ってさ、…」

「佐藤さん!ルイに話がある時は、私を通して貰えると助かります。」

きた。

タイミング悪すぎるよ、如月さん。

私は、彼女を睨みつける。

「なんですか、その目は?」

「いえ。なんでもありません。今日の演技について打ち合わせしていただけです。」

そう言うと、

「そうですか。なら良かったです。実際先程からスタッフたちがあなたがた2人のことをずっと見ています。会話を聞いているスタッフもいました。気を引き締めてください。撮影中は、プライベートな会話は、控えてください。分かりましたか?」

彼女は、メガネを上に上げる。

「はい。分かりました」

「では、次のシーン始めます。スタンバイ、お願いします。」

ADさんの声で私たちは、スタンバイにつく。

「よーいアクション。」

連日の疲れが声から感じるADさんの掠れた声と同時に次のシーンが始まった。

高校卒業後、アイドルデビューを果たした僕は、仕事で忙しい日々を過ごすようになった。そうして彼女に会えない日々が続くようになった。

あずさ『もしもし、どうしたの?』

アキラ『あずさ、ごめん。海外ツアーが決まって、しばらく日本を離れることになって、長くて1ヶ月ぐらい会えない。ごめん。』

あずさ『そうなんだ。分かった。海外ツアーをするまでになるなんてあきら、人気者だね。私もあきらの夢が叶って嬉しいよ。』

アキラ『ありがとう。あずさにそう言ってもらえて俺も嬉しい。けど側にいてあげられなくてごめんな。』

あずさ『謝らないでよ。また1ヶ月後会えるじゃん。』

アキラ「そうだよな。」

僕は、自分の夢が実現していくにつれ、彼女と会えない日々が続いていった。そしてあの日もそうだった。

あずさ『もしもし。アキラ?』

彼女の声を聞くのは、1ヶ月ぶりだった。

アキラ『もしもし。あずさ?久しぶりだな。元気だった?』

あずさ『うん。』

彼女の声が心なしか元気がなさそうに思えた。

アキラ『どうしたの?』

あずさ『今度のクリスマス、空いてるかなと思って。』

アキラ『…あ。ごめん。その日仕事入ってて。』

あずさ『そうだよね。忙しいよね。』

アキラ『ごめん。』

あずさ『いや、いいよ。じゃあ、またね。』

今でも思う。

このクリスマスの日に仕事よりも彼女の方を優先していればって。

そうしたら僕らの運命も変わっていたのかな?

「はい!カット!」

「少し休憩挟みます。」

すぐにでものど飴を舐めた方が良いと思う程の掠れ声のADさんの声と共に、

私たちは、現実の世界へと一気に引き戻される。

私は、スマートフォンを片手に動き出せずにいた。

今回のドラマの主人公と私たちは、付き合い始めたきっかけが同じだった。

でもそんなことは、よくあることだと思っていた。

でも違う。

きっかけだけじゃない。

さっきのシーンでの武田アキラと斎藤あずさの電話でのやり取りの一言一句が3年前私がるいとした電話の内容と全く同じだったのだ。

どういうことなの?

たまたまな訳ないよね?

この電話の内容は、私とるいしか知らないはず。

今起きた出来事に頭が追いついていない私に追い討ちをかけるように彼女が現れたのだった。

「一ノ瀬みなみ役の東堂さくらさん入られます。」

のど飴を舐めたのか、先程とは全く異なる透き通った声のADが彼女を紹介する。

東堂さくら…?ってあの東堂さくら?

私は、自分が夢でも見ているのではないかと思った。

彼女の登場でスタジオ内がザワザワとし始めた。

「と、と、東堂さくら…?ってあの東堂さくら?」

「え?ルイくんと東堂さくらって共演NGなんじゃ?」

「そうよね。」

鬼頭さん、小笠原さん、スタイリストさんたちも次々に話し始める。

「え?あの2人なんで共演NGなんすか?」

1人置いてけぼりにされた下田くん。

「え?下田くん、知らないの?5年前あの2人恋愛スクープ出てたじゃない。」

「え?そうなんすか?知らなかったです。」

「まぁ別れたって噂だけど、本当のところは、分からないのよ。」

「まぁどっちにしろ、まさかあの2人が共演するなんてね…」

混乱するスタジオ内を美しい声が掻き消す。

「それではご紹介させてください。一ノ瀬みなみ役東堂さくらさんです。」

パチパチパチパチパチパチ。

スタジオ内にいたスタッフ全員が彼女に拍手を送る。

「よろしくお願いします。」

クルクルに巻かれた茶髪ロングヘア、大きな瞳。

花柄のワンピースを見にまとった彼女。

男性をいとも簡単に虜にしてしまう彼女の女性らしい仕草。

この場にいる男性陣全員が既に彼女のことを好きになっている。

「東堂さん、よろしくお願いします。」

キラキラスマイルの彼。

「ルイくん!また共演できて嬉しいわ。ルイくんが私と共演したいって言ってくれたみたいで。ありがとね。」

目がハートになっているさくらさん。

「いえいえ。こちらこそ光栄です。」

2人は、握手を交わす。

2人の様子を注意深く見ているのは、私だけではなかった。

四方八方から彼らへの痛いほどの視線を感じた。

そう。

ここにいるスタッフ、キャスト全員が2人の会話を耳をダンボにして聞いていた。

まさかこの2人がまた共演するなんて。

私も含めこの場にいた全ての人が驚いていたと思う。

「ちょ、如月ちゃん。あれはいいの?あれこそ問題なんじゃないの?東堂さくら。元カノでしょ?」

荒ぶる鬼頭さん。

「いや、ヒロインがまず元カノですから。」

冷静な如月さん。

「いや、それはそうだけどさ、こっちは公にはなってないからなんとかなるけど、あちらは5年前週刊誌に撮られたんじゃないの?」

「はい。」

メガネを上に上げる如月さん。

「それ以降、厳しくなったんじゃないの?」

「はい。そうなんですけど…うちのルイがどうしてもと言うので、仕方なくです。」

再びメガネを上に上げる如月さん。

「え?それは許すんだ…。」

呆れている鬼頭さん。

「今回のキャスティングに文句言ったら、事務所辞めるって言われてしまったので…なんか分からないんですけど、うちのルイ、今回のドラマに懸けてるみたいなんですよね。」

諦めモードの如月さん。

あの如月さんを黙らせるほどのルイの人気。

改めて、彼はスターなのだ。

「そうなんだ…それにしても…うちのリサのメンタルが心配だわ。って、リサどこいった?」

鬼頭さんが雑談をしている隙に、私は、彼女に話しかけられていた。

「佐藤リサさんもお久しぶりね。元気だった?」 

先程まで愛おしそうな目でるいを見つめていた彼女が不気味な笑みを浮かべた。

私は、彼女に怯えながらも精一杯の返事と笑顔を返した。

私は、この時気づいたのだ。

このドラマは、ドラマではない。

3年前にタイムスリップしたような世界なのだと。
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