僕と彼女と傷痕
武公達が帰り、玄匠はカーペットの上にあぐらをかいて座りソファで眠る風吹を見ていた。

“みふぶちゃん、将来は自分の店を持ちたいらしいぞ”

あの後、武公が教えてくれたのだ。
そして武公が、こうも言っていた。


『でも、耳が不自由だろ?
なかなか難しいらしい。
今は雇われ側だからいいが、雇うってなるとやっぱ色んな不特定多数の人間と関わらないとだろ?
みふぶちゃん、少人数相手なら大丈夫だが、それ以上の人間から同時に話しかけられると聞き取れないだろ?』


玄匠の目が潤む。
そして、ポツリと呟いた。

「あーそっかぁー」

あの段ボールの中の大量のレシピは“その為の”準備だったのか………

イケメンパティシエにヤキモチ妬くばかりで“その理由”を全く考えてなかった。



“私の宝物!”



あぁ…僕は━━━━━

大切な彼女の、

夢も、奪ったのか…………







「━━━━━っ…ごめん、風吹…ごめんね…ごめん……ごめん、なさい…!」

風吹の手を握り締め、何度も謝罪の言葉を繰り返す。

何度も…………



でも━━━━
何度、謝罪の言葉を繰り返そうとも………

僕が風吹の大切なモノを奪ったのは、変わりない。




握っている風吹の手に額をつけ、俯いて静かに涙を流していた玄匠。

肩を叩かれ、バッと顔を上げる。

心配そうに顔を歪めた風吹が見ていた。
玄匠が補聴器を外して横にした為、風吹は声をかけれずただ…玄匠の頭を握られていない方の手で撫でた。
そして、優しく玄匠の目元をなぞるように拭った。


「………ご、め、ん」

ゆっくり、風吹に伝える玄匠。

風吹は、目をパチパチさせている。


「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん━━━━━━」
ひたすら謝罪の言葉を繰り返す玄匠。

「ごめん、ごめん、ごめ━━━━━━」
風吹が、玄匠の頬を両手で包み込んだ。


「どぉー、し、たぁー、のー」
(どうしたの)
ゆっくり、玄匠に伝える風吹。

「ごめん…」
「………」

風吹は、玄匠に自分の耳を指差して目で訴えた。
すると玄匠が、テーブルに置いていた補聴器を渡す。

補聴器をつけた風吹が、改めて言った。

「どうしたの?
どうして、泣いてるの?」と━━━━━━
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