僕と彼女と傷痕
「はぁー」
玄匠は、わざと大きなタメ息をつく。

「社長?」

「離してよ」
玄匠とは思えない、低く重い声。
大貫を睨み付けて言った。

「え……しゃ、ちょ……」
ゆっくり、腕を離す大貫。

そして玄匠は、髪をかき上げ言った。

「僕、嫌いなんだよねー、君みたいな人間。
勘違いしないでね。
世の男が、誰しもそんなバカみたいな誘いに乗るなんて思わない方がいいよ。
そんな誘いに乗る男は、身体だけしか興味ない。
まぁ…君が身体だけでいいなら構わないけど、心も欲しいならこんなやり方はおすすめしないよ。
男はバカだけど、賢い生き物だから!」

淡々と言って、駅へ向かったのだった。


電車に揺られながら、悶々とする。
とにかく、気分が悪い。
こんな状態で、帰りたくない。

風吹にはいつも穏やかで優しく、笑っていたい。

もう……風吹を傷つけ、不安にさせたくない。

最寄り駅に降りて、駅横のコンビニに入った。
ここで気分を落ち着けてから帰ろうと思い、なんとなく店内を見て回る。

“祥太朗スイーツ”と書かれたコーナを見つける。
様々なスイーツが陳列されていた。

更に気分が悪くなる。

気分を落ち着けたくて入ったのに、玄匠は吐き気までもよおす。

ここにある、祥太朗スイーツを全部ぐちゃぐちゃにしたい衝動。

玄匠は祥太朗スイーツの一つを乱暴に取り、レジに向かった。
そしてまた乱暴に置いた。

「238円です」
500円玉を乱暴に置いて「つりはいらないから」と言って、コンビニを出た。

コンビニ外で、手の平のスイーツを見る。
握りしめた為、ぐちゃぐちゃで見る影もない。


こんなスイーツ一つに、僕は何でこんなに嫉妬しているんだろう。

あぁ、そうか…………
それ程僕は、風吹を好きになっていたんだ。


「結構、旨い…」
近くの公園で、祥太朗スイーツを食べた。
ほんのり甘くて、でもさっぱりしている。
これなら、誰でも飽きることなく食べれる。

人気の理由がわかる。

何故か、涙が出た。

「風吹と付き合って、泣いてばっかだな…僕」

“帰ろう”と呟いて、マンションに向かった。


「━━━━ただいま」
玄関を入ると、中からパタパタ…とスリッパの音がして、風吹が笑顔で駆けてきた。

「おかえりぃ~」
この姿と笑顔を見ただけで、気分がすっかり晴れた。



玄関は、思う。
僕の方が、もう…放れられないくらいに風吹にハマっている。

僕にとって、唯一無二の存在なんだ━━━━と。

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