恋愛観測



 午後六時四十二分。日雀が指摘した通りに日没は訪れた。地平線へ姿を消していった夕陽を見送ると、日雀は天体望遠鏡を慎重に南西へ傾ける。
 橙から茜へ、茜から紫紺へ、紫紺から藍へ。
 瞬く間に変化していく日常の空の表情。こんなにも空は表情豊かだっただろうか?

「これ見たら帰ろう。今日もぎりぎりだ」
「え、何が見えるの?」

 藍から黒橡へ。黒橡から薄墨へ。
 星が嫌いだと豪語しているにもかかわらず、日雀は天体望遠鏡を空へ向けつづける。

「中学の理科で習わなかった? これから顔を出す惑星」

 大気は安定している。雲ひとつない空。
 日雀が指をさす。その先には肉眼でもくっきり見える白金色の煌き。

「月じゃないよね……月は東だし」

 月の出る時間は日没から一時間弱。東の空はまだ暗い。

「宵の明星、金星だよ。今の時期はまだ地平高度が低いから普通の人は気づかないけど」

 月明かりに邪魔されることもなく、その惑星は輝いていた。
< 8 / 19 >

この作品をシェア

pagetop