桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「よし!これでオッケー」
 
 絵梨がスーツケースのふたをパチンと閉めながら言う。

 「じゃあ俺、先に車まで運んでおくよ」
 
 そう言って仁は、絵梨と美桜のスーツケースを手にした。

 「半分持つよ」
 
 アレンが横から手を伸ばし、仁は黙って片方のスーツケースを渡した。

 そのまま二人で廊下を歩いて行く。

 いつもなら、どうでもいい会話をしていただろう。
 だが今は、二人並んで黙々と歩く。

 (まいったな。やっぱり変な空気じゃないか)
 
 仁はそっと溜息をつく。

 あの時のことを、アレンは掘り起こすつもりはないらしい。
 それならそれで、仁としても触れるつもりはない。

 だが、この空気のまま帰国するのは嫌だ。

 「アレン」
 
 意を決して、仁は呼びかける。
 
 アレンは立ち止まって仁を振り返った。

 「アレン、お前の立場はよく分かっているつもりだ。置かれている状況も理解できる。だがな、これだけは言っておく」
 
 仁は一呼吸置くと、ぐっとアレンに近付いた。

 「いいか、たとえどんなことがあっても美桜ちゃんを泣かせるな。どんなことになってもだ」
 
 アレンは一瞬目を大きくさせる。

 「もし彼女を泣かせるようなことがあったら、その時は俺が許さない。分かったか」
 
 仁の真剣な眼差しを受け止めるように、アレンは頷いた。

 「ああ、分かった」
 
 よし、と仁は頷くと、再び歩き始めた。

 (言いたいことは言った。あとはいつも通りだ)
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