桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 そう言うと巧は、もう一度そのバレエの先生の真似を始めた。

 「巧先生、そのピルエット本気でやってます?まさかそれで出来てるとでも?その足は何番ポジションのつもり?」
 
 妙な動きと口調に、美桜は笑いが止まらなくなった。

 「あー、おかしい。涙出て来ちゃった」

 そう言って目元をぬぐった時だった。

 ふいに後ろから、美桜ちゃんと呼ばれて振り返る。

 「え…、誰?あ!仁くん!」
 
 道路に停めてある黒い車の横で、上品なロングコートに身を包んだ仁が軽く手を挙げた。

 「わあ、一瞬誰かと思っちゃった。そんな格好してるんだもん。どうしたの?こんな所で」
 「うん、ちょっと仕事で近くまで来てさ。もしかして美桜ちゃん、帰る頃かなと思って」
 
 そうなんだ、と普段とは違う仁の装いをまじまじと見ていると、じゃあ美桜、俺はここで、と後ろで巧の声がした。

 「あ、うん。また明日ね。あ、待って。これ返さないと」
 
 美桜は慌ててマフラーを取ろうとする。

 「いいよ、明日で」
 そう言うと巧は、仁に会釈をしてから、小走りに駅の階段を上がっていった。
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