桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「こ、こ、これ」
 
 そう言って、さっき立っていたシフト表の前を振り返る。

 (落としたんだ。あやちゃんが来て、急いでファイルにしまった時)

 「ねえ美桜。何があったのかは知らない。聞くつもりもない。でもね、あなたは行くべきよ。さっきシフト表の前で、どんな顔してたと思う?胸が張り裂けそうなくらい切ない顔だったわよ」

 いつもの口調ではなく、真剣にゆっくりと由香は美桜に話しかける。

 「あんな顔の美桜は初めて。美桜らしくない。だから行って。いつもの美桜を取り戻してきて。ね?こっちのことはなんとかなるから」
 「え、でも…」
 
 すると、それまで隣で黙って由香の言葉を聞いていたみどりが、美桜、と口を開く。

 「ねえ、さっき美桜がそのチケットを落として、それを由香が拾ったのって、運命だと思わない?だってあなたがチケットを落とさなければ、そのままここであなたはミーティングに参加していたでしょう?きっと、イギリスに行きなさいっていう神様のお告げよ」
 
 恋愛の神様のね、と小声で付け加えて、みどりは美桜に笑いかける。

 「さあ、急いで!羽田空港だから、今からでも間に合う。ほら!」

 由香に背中を押され、美桜は涙目で二人を振り返った。

 「由香先輩、みどり先輩」
 「帰ってきたら、全部ちゃんと話してね!楽しみにしてる、お土産話。あ、お土産もね」
 
 みどりはそう言うと、さあ!と美桜を促す。

 「ありがとうございます!」
 
 美桜は二人に深々とお辞儀をすると、くるりと向きを変えて走り出した。

 「行ってらっしゃーい!」
 由香とみどりは、大きな声で見送った。
< 193 / 238 >

この作品をシェア

pagetop