桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「旦那様、こちらのワインでいかがでしょう?」
 
 フレディが、乾杯のワインを選んでいるらしい。

 やがて二人のグラスに注がれ、無事に乾杯が終わると、クレアが前に歩み出た。

 「旦那様、お帰りなさいませ。今宵はお二人での数日ぶりのディナー。どうぞごゆっくり、音楽とともにお楽しみくださいませ」
 
 そう言って一礼すると、クレアはメアリーと美桜を振り返って頷いた。

 (いよいよね)
 
 美桜とメアリーは、いつでも大丈夫とお互いに頷き合って確認する。

 やがてメアリーはゆっくりとピアノに両手を載せ、一呼吸置いてからゆったりと弾き始めた。 
 
 グノーのアヴェ・マリア。

 バッハの平均律クラヴィーア曲集第一巻の前奏曲第一番を伴奏に、グノーが旋律を乗せた声楽曲である。

 あまりにも有名で、メアリーの美しい伴奏を聴いているだけで、次のメロディーへの期待が高まる。

 やがてメアリーが美桜を振り返り、二人一緒にブレスを取る。

 次の瞬間、ピアノの優しい音色の上に、伸びやかなフルートが重なる。

 煌めくように美しく、甘く、広間の空気を隅々まで浄化させるような響き。
 
 ほうっとそこにいる誰もが、感激して胸を震わせた。
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