桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「あれ?」

 いったいどれくらい経ったのだろう。

 誰かの声が聞こえてきて、ようやく美桜は我に返った。

 振り向くと、コツンとかかとの音を鳴らしながらバルコニーに足を踏み入れる人影があった。

 暗くて顔はよく見えない。

 けれど、
 「ひょっとして、美桜?」
 低めに響く艶やかなその声で、誰なのかはすぐに分かった。

 「あ、うん。久しぶり、アレン」

 すこしどぎまぎして美桜が答えると、アレンは明るい声で嬉しそうに言う。

 「久しぶり!いやー、びっくりしたよ。一瞬誰だか分からなかった。ずいぶん印象変わったね。すっかり大人のお姉さんって感じで」
 「あ、いやこれは、さっきブティックで…」

 そこまで言って美桜は、急に思い出したように口調を変えた。

 「そうだ!アレン。あの、私ね、てっきりアレンのおうちにお邪魔させてもらうんだと思ってたの。ほら、使ってないお部屋とか。日本でいうと和室とか?四畳半のお部屋を絵梨ちゃんと二人で使わせてもらうとか、そう思ってたのね。そしたらこんな高級なところで。メイソンやメアリーも良くしてくれるし、それにそう!このドレス!リサに着せてもらって、なのに仁くんはお金払わなくていいって言うし」

 「うん、もちろんそうだよ。だって美桜達は大事な友人なんだから」

 「いや、そんな訳にいかないよ。正規の料金は無理かもしれないけど、せめて少しでもお支払い…」

 そこまで言った時だった。

 「美桜」
 急に真顔になったアレンが低いトーンで遮る。

 ピリッと緊張感のある空気が流れて、美桜は身を固くした。

 「いい?俺は美桜達に、ここでの滞在を楽しんでもらいたいと思っている。絵梨や仁と一緒に良い時間を過ごして欲しい。ただそれだけだ」

 そう言って、うつむき加減の美桜の顔を覗き込む。

 「分かった?」

 美桜がこくりと頷くと、良かった!と元の明るさに戻り、ポンッと美桜の頭に手をやった。

 なんだかお兄ちゃんに諭された妹みたいな気分になる。

 「さ、中に入ろう。外は寒すぎるよ」

 そう言われて急に美桜も寒さを思い出し、アレンに続いて部屋に戻る。
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