桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 コンコンとノックの音がして、美桜はドアの方を見た。

 「はーい。どうぞ」
 「おはようございます。美桜様」
 そう言って、メアリーがさわやかな笑顔を浮かべながらドレッシングルームに入ってきた。

 「おはよう!メアリー。絵梨ちゃんはまだ寝てるの」
 「ええ、そう思いましてベッドルームではなくこちらのドアをノックしましたの」

 (おお!さすが。仕事が出来るわ)
 
 ドレッサーに座って髪を乾かしていた美桜の後ろを通り、メアリーは手に持っていたたくさんの荷物をクローゼットにしまっていく。

 「夕べブティックでクリーニングに出したお二人のお洋服が戻ってきましたわ。引き出しに入れておきますね。あと、衣裳も少しお持ちしました。いつでも使って下さいね」

 クローゼットに次々とハンガーをかけていくメアリーにありがとうと言ってから、美桜は髪をとかし始める。

 「グレッグから、美桜様はもう朝食をすませられたと聞きましたわ」
 「うん、そうなの。朝食おいしかったー。さっきバスルームで湯船にも浸かってね、優雅な気分よ」

 バスローブ姿でちょっとのけ反ってみせると、メアリーは、まあ、と笑う。

 「でね、これからアレンのうちに一緒に行くことになったの」

 その途端、メアリーの顔からすっと笑みが消えた。

 「なんですって!パレスに?まあ、大変!」

 (は?パレス?なに、パレスって)

 声をかけようとしたが、すでにメアリーはバタバタと慌ただしく動き始めて聞くに聞けない。

 「美桜様、鏡の方を向いて下さい」
 「は、はい」

 圧倒されておとなしく従う。

 メアリーは、ドレッサーの引き出しから大きなメイク道具を取り出すと、美桜の髪を手際よく分けながらクリップで留めていく。

 さらにドレッサーの上の化粧水や乳液などをじっくり美桜の顔に沁み込ませると、クリームを手早く塗り始めた。

 「すごいわねえ。メアリー、ヘアメイクも出来るのね」
 「これくらいは当然ですわ。それより、ご出発は何時ですの?」
 「えっとね、八時半にエントランスで待ち合わせなの」
 「なんですって!あと四十分しかないですわ!」
 「ご、ごめんなさい」

 勢いに負けて、なぜだか美桜は謝る。

 メアリーはもう何も耳に届かないようで、ものすごい集中力で手を動かし続ける。

 メイクが終わると、すかさず今度は髪を結い始めた。
 左右二つに分けて編み込んでいく。

 まず右側を編み終えると、毛先を左耳の後ろで留める。
 同じように左側を編み終えると、毛先を右耳の後ろの髪に押し込みながら留めた。

 (おお、なんだかちょっと清楚な感じね)
 
 美桜が鏡の中を覗き込んでいる間に、メアリーはクローゼットからなにやら取り出していた。

 「美桜様、さあ、こちらにお着替えを」
 「は、はい」
< 45 / 238 >

この作品をシェア

pagetop