桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「ひとつ質問してもいいかしら?」
 
 すっかり仲良く打ち解けておしゃべりしながらケーキを楽しんだ後、二人は紅茶で一息ついていた。

 「ええ、なんでしょう?」
 クレアがカップをソーサーに戻しながら美桜を見る。

 「みなさん、どうしてそんなに日本語がお上手なんですか? 普通に話せるどころか敬語までちゃんとしているし」
 
 日本に行かれたことあるんですか?と付け加えると、クレアは笑って首を振った。

 「いいえ、私達だれも日本に行ったことはありません。行ってみたいですけれど」
 「じゃあ、どうやって日本語を?」
 
 クレアは少し考えた後、ゆっくり話し始めた。

 「美桜様、アレン坊ちゃまのお母様のことはご存じですか?」
 「ええ、確か日本の方なのよね?」
 
 アレンが日本の高校に編入して来た時、皆が一番に聞いたのが、どうしてそんなに日本語が話せるのか、という質問だった。

 母親が日本人なんだ、と答えるアレンは、こう続けた。

 子どもの頃に亡くなったんだけどね。

 それきり皆、その話題には触れていない。
 
 クレアは小さく頷くと、懐かしむような顔をした。

 「私達みんな、ゆりえ様のことが大好きだったのですわ」
 
 ゆりえというお名前なのね、と美桜はその時初めて知った。
 
 日本人と結婚するとアレンの父親が言った時、ウォーリング家で働く人は皆困惑したらしい。

 誰も日本語は話せず、ましてや日本の文化やしきたりも分からない。

 日本から来る花嫁をどうお世話すればいいのか…

 「最初は手探りでしたわ。ゆりえ様は英語でお話して下さって。私達は、簡単な英語で済むようにと、いつも短い言葉でやり取りしていました。今思えば他人行儀な雰囲気でしたわ。ですがゆりえ様は、どんなささやかなことにも私達にお礼を言って下さり、その笑顔はまるでお花が咲いたようにぱっと周りを明るくして下さいました。立ち居振る舞いもとても美しくて。私達はいつしか、ゆりえ様に少しでも喜んで頂きたいと日本語を勉強し始めました」
 
 とは言っても、最初は簡単な挨拶、
 「おはようございます」「おやすみなさい」という程度だったらしい。

 「それでもゆりえ様は喜んで下さって。私達は競うように、もっと話せるようになりたいと、古い映画を日本語の吹き替えで観たりして勉強しましたの」

 そうそう、一つ面白い事が…と、クレアが思い出し笑いをしながら続ける。
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