桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「さあ、ではお待ちかねのイングリッシュガーデンへご案内しますわ」
 「やったー!楽しみ」

 クレアと並んで廊下を進みながら、美桜はいくつか気になることを思い出していた。
 
 食事を終えてアレンが仕事に戻ると、美桜はソファでデザートをふるまってもらった。

 フレディと名乗るシェフ自らが、テーブルでバーナーを使って仕上げをしてくれたクレームブリュレは最高においしく、美桜は幸せな気分に浸っていた。

 そしてようやく、すぐ近くに大きなグランドピアノがあることに気付いた。

 綺麗な掛け布がしてあり、けれどどこか寂しげで、きっと長い間使われていないのではないかと思ったのだ。

 「ええ、あのピアノはゆりえ様がよく弾いていらっしゃったものです。幼い頃の坊ちゃまも、少し教わってご一緒に弾かれたりしてましたわ。でも今はまったく」

 うつむき加減でクレアが答えてくれた。

 (きっとお母様を思い出してしまうからなのね)
 
 美桜はそう思いつつ、もう一つ気になったことを聞いてみる。

 「ピアノの横に、楽譜が並んだ棚があったけれど、そこにおいてあった横長の楽器ケース、もしかしてフルートかしら」
 「ええ、ゆりえ様のフルートです。でもよくお分かりになりましたわね」
 「私、吹奏楽部でフルートを吹いていたから」
 「まあ、そうなんですね。ゆりえ様の演奏はとても美しくて、私は仕事の手を止めていつも聴き入っていましたわ」

 懐かしそうに言うクレアは、やはりどこか寂しさも感じているようだった。
 
 それきり言葉もなく歩く二人だったが、クレアはやがて立ち止まり、わざと明るい声で言った。

 「さあ美桜様。着きましたわ」
 「あ、え?ここ?」
 
 顔を上げた美桜は思わず聞き返す。

 「だってここ、まだ廊下の途中じゃ…」
 「開けますわよ。準備はよろしいですか?」
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