桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
 「ふわー楽しかった!でもさすがにちょっと疲れちゃったかな」

 三階の広間に戻ってソファにもたれると、お疲れ様でした、とクレアが紅茶を出してくれる。

 「ありがとう。はあ、おいしい」
 「美桜様、何か軽く召し上がります?」
 「ううん、夕食が入らなくなっちゃうから」
 
 そうですか、と言ったあと、あっ!と何かを思い出したように、クレアはいそいそと離れていく。

 どうしたのかと美桜が目で追っていると、やがて何かを手に戻ってきた。

 「美桜様、こちらをご覧いただけますか?」
 
 そう言ってクレアが差し出したのは、おとといピアノの横の棚で見かけた楽器ケースだった。

 「え、これってフルートよね?触っていいの?だってこれは…」
 
 アレンのお母様の大事な…、そう思ってためらっていると、クレアは優しく笑った。

 「先日の美桜様とのお話を坊ちゃまに伝えましたの。そしたら坊ちゃまがリペアマンに連絡して、調整させたんですわ。美桜様に見ていただけるようにと」
 「ええ?そうなの」
 
 美桜はもう一度楽器ケースに目をやると、おそるおそる受け取った。 

クレアは美桜を促すようにゆっくりと頷く。

 慎重に膝の上に載せてから、美桜はそっとケースを開けた。

 「わあ、綺麗…」
 
 一目で高級なものだと分かる。
 楽器に刻まれたメーカーのマークとモデル名を見ると、やはり美桜には手が届かないほどの高価な楽器だった。

 「美桜様、吹いてみてくださいな」
 「ええ?そんなことだめよ。さすがにそれは」
 「その為に坊ちゃまはリペアマンに頼んだのですわ。ね?音が出るか確かめてみてください」

 うーん、でも、と美桜はフルートを見つめる。

 「アレンに聞いてみてからね」
 そう言うと、ゆっくりケースを閉じてクレアに手渡す。

 そうですか…、と少し残念そうにしながら、クレアは棚にケースをしまった。

 その時、部屋の端のドアが開く音がして、アレンが入ってくるのが見えた。

 「アレン!」
 「え、坊ちゃま?」
 
 アレンは片手を軽く挙げながら、二人のいるソファへと近付いてくる。

 (あれ?何かアレン、おかしい?)

 美桜は立ち上がり、アレンのもとへ行くと、
「アレン、どうかした?」
と、見上げるようにアレンの顔を覗き込んだ。
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