ポンコツ彼女

キミを語った

「私…、この度のコロナで、衣と化粧をはげ落とされた感じがするんです…。で、それを度アップで突き付けられたと…」


おいおい…!
それじゃ、全裸…、いや、アンタはコロナにそれ以上の晒しを踏み絵で喰らったってこと、初対面のオレにフルでかよ。


「…それまでの”私の素”って…、とても薄っぺらで小手先まじないなものだったって気づきました。要は、これまで生きてきた私の日常って、私自身が勝手に自作自演した張りぼてか幻想に近いものだったんじゃないかって…」

参った!
S美の口から出たのは、モロで懺悔調の告白だったよ。

”今日は、そういうことか…”

だが、ここでもオレは彼女の心持ちは、すんなり掴みを得たんだ。


***


フフ…、そうさ、みんな一緒なんだよ。

コロナは現代を生きるニンゲンから、当たり前だった日常を奪ったことで、我々は大なり小なり灯台下暗しを悟らされたんだ。

で、”そこ”を自覚し、”そこ”を勇気出して直視した人々の多くはとてつもない埋没感に陥った。
オレだってそうさ。

問題は、今までならそのへこんだ部分を埋めてくれるべき人たちから、その修復手段を得られてたってこと。
それはほぼイコール、人が人とふれあうことに相当した。

だってそうでしょ。
人は落ち込めば、恋人や家族や職場の親しい人たちと食事やお酒の場で、その時点のリアルでナウなココロを晒し、自分にとって大事な人から受け止めてもらうことで明日を生きる元気をもらえてきたんだよ、それはみんなお互いに。

当然、今まで平時なら風邪でもひいてなけりゃ、人はみなノーマスクだよ。
マスクで覆われていない口元はだよ…、時に目と絶妙のコンビネーションで、恋人や家族や友人や同僚のココロにポッコリ空いた穴へ魔法の空気ってもんを送っていたんだよ。

そこには人の熱い想いがこもってるんだもん、恋人や家族や友人や同僚もさ、口元からは飛沫くらい飛ぶって。
プラス、大事な人との距離は極力縮め、場合によっては肌と肌を合わせるわ。
言わば、人間同士によるふれあいのベースは”密…❣”な訳だ。

そのステージ乃至はお膳立ての場をさ…、日常でプレゼンテーションし続けてきたのが、ランチやアフターファイブの酒の席ってこと!

***

ごくあたりまえのように見えた従来日常の中では、ともすれば息抜き・気ばらし・気休めってとこへすみ分けされるような”不要不急”のモノだったのだろう。

ところが、コロ野郎がニンゲンの飛沫に侵攻しちゃったことで、ニンゲンはコミュニケーションの要を担っていた口元を視覚的に閉鎖され、人は人と接する距離を遠ざけることを余儀なくされた…。

結果、オレたち下々のニンゲンは気づかされたよ。
”そこ”の欠如がもたらす片肺飛行の日々ってって。
事実上、この度お預けを喰わされてる”そこ”って…、日常崩壊をもたらすほど自分にとって大きな支えであったとね。

で…、極論、コロナ禍が続く今の世では”不要不急”と類分けされる人と人の密なココロの埋め込みあいは、凡人たるオレたちが日々を生きてく上で、”必要不可欠”の栄養分だったってこと…。

その栄養分って!
この世のどんな薬も持ち合わせないニンゲン発ニンゲン着の超イレギュラーものだったんだって、オレは遅ればせながら気づいたよ。
今回、大多数の日本人はオレ同様、いやというほどこのことをコロ野郎に突き付けられたんじゃないか?

ここに、人は自分史上かつてない一種のカルチャーショックに陥り、それぞれが新たなヘンな特殊日常のもとでの自分探しを余儀なくされたと…。
それこそ、みんな内面ではのたうちまわって…。

言うまでもなく、コロナは日本の経済事情の日常根本も根こそぎ奪ったから、必然的に日々の生活にカラータイマーが点滅し、金銭的孤児を余儀なくされた、自分やS美以上の身の上はいっぱい、いっぱいいるはずだ。

だから…、人はこの内面七転八倒の吐き出し口を必死で探してる。
それが見つかった…!

オレはこの時、アクリル板越しのS美の”マスク素顔”をしっかと目に刻んだ。



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