転生先は3年後に処刑を控えた乙女ゲームの悪役令嬢のようです
第一話
赤目赤髪の少年が、私に向かって屈託の無い笑顔を向けている。
実年齢は見た目の印象よりも少し上だが、そのおバカな性格で他の少年たちの中では最年少に見えた。
その隣では青目青髪の男性が、知的に微笑んでいる。
青年と言っても良いくらいの見た目だけど、赤髪の少年とはたった二つしか年齢の違いはない。
他にも立ち並ぶ様々な男性や少年たちは、全員が思い思いの笑顔を、この私に向けていた。
「ああー、やっぱりこのゲーム、神だわぁ」
自分の歳も忘れ、ついつい徹夜でゲームをしていた。
目覚ましのスマホのアラームは、三度目のスヌーズを申し訳なさそうに鳴らしている。
「やばっ! もうこんな時間だ。遅刻だー!!」
風呂上がりからの下着姿の上に、椅子にかけたままのスーツを着る。
肩まで伸びた髪は一つにまとめた。
ヒールのないパンプスで、サビが少し目立つ自転車に飛び乗る。
そうして会社に向かって全速力でペダルを漕ぎ続けた。
「大丈夫。ギリギリだけど、何とか間に合う!」
年甲斐もなく立ち漕ぎする右足が突然抵抗を失う。
チェーンが外れた。
そのままバランスを崩し、私は自転車の前に身を投げる。
意識を失う前に聞こえたのは、耳をつんざくようなクラクションとブレーキの音だった。
☆☆☆
(痛い……)
「お嬢様! ミザリー様! よろしゅうございました! お目覚めになられて! お加減はいかがですか?」
「耳が痛むわ……」
その発言を聞いた途端、黒と白のピッタリとしたメイド服を着た女性も、そして発した当の本人もぎょっとする。
「も、申し訳ございませんっ。以後気を付けますので、どうか、どうかお許しを……」
「いえ……いいのよ。楽になさい」
どうやら私が放った「耳が痛む」を「耳元で騒ぐな」と受け取ったみたい。
私は私で記憶と全然違う自分の声色に、戸惑っていた。
それに、意味は一緒でも口調が変わって勝ってに口が動くのはどういうこと!?
困惑している私は、見覚えのないはずなのに、なぜか知っている気がするメイド姿の女性に状況を聞こうと視線を向ける。
ところが、メイド姿の女性は頭を深々と下げて、そそくさと部屋を出ていってしまった。
その顔には隠そうとしてもなお表面に現れる、嫌悪感が滲み出ていた。
私が言った「楽にしろ」を「出ていけ」と取ったのだろうか。
「一体どういうこと……? 何処よ……ここ……」
天蓋付きの、数度寝返りをうっても落ちることのない広いベッドの中で、一人にされた私は今起きていることを必死で確認していた。
ベタな方法だと思いつつ、右手で自分の頬をつねる。
「痛っ! 夢じゃない? 私の……身体よね? え、どういうこと?」
視界に入る自分の身体に意識を向けると周りを見渡す。
都合よく部屋の隅に置いてある姿見を見つけ、のそのそとベッドから這い出した。
なんだかとっても動きづらい。
「きゃあ!?」
近付こうとして上げた右足の第一歩は、裾を踏んづけたままの左足のせいでその動きを制限されてしまった。
バランスを崩し前のめりに倒れた私は、起こした顔で鏡に写った自分の姿を凝視する。
手入れの行き届いた、緩いウェーブのかかる艶やかな金髪。
金色に近い淡褐色の虹彩を持つ、愛らしい大きな瞳。
記憶とは似ても似つかない、出るべきところは出、締まるべきところは締まった身体。
その身には仕立ての良い高級そうな真っ赤なドレスをまとっている。
「ふおっ? なんだかよく分からないけどこれが私っ。めっちゃ美人じゃん!!」
立ち上がり、思わず喜ぶ。
ずっと見た目が地味で、華やかな格好を楽しげにする友人たちがコンプレックスだった。
夢でもなんでも美人な見た目になれたのだから、その点は喜ばなくちゃ。
なんて思いながら、姿見の前で一人奇声を上げながらくるくる踊って見たりしてたら、自分の元へ近付いてくる足音が聞こえた。
少し……いや、だいぶはしゃぎすぎたらしい。
「ミザリー!! 気がついたんだってな!? 良かった! 心配したぞ!」
「い、いけません! オルト様!! お嬢様は今、お目覚めになられたばかりで!」
突然扉が勢いよく開き、まるで歌劇団の男性役が着ているような服装を身に付けた男が、私の元へ駆け寄ってくる。
てっきり私の声が大きすぎて、誰か苦情でも言いに来たのかと思ったら、違ったみたい。
燃えるように逆立つ鮮やかな赤髪、少しつり上がった瞳は髪と同じ真紅に染まっている。
少年と青年の狭間、まさに思春期真っ只中に見える。
私はその少年の姿に言葉を失っていた。
(あれは……オルト? え、え? どういうこと!?)
私が乙女ゲームにハマった原因であり、十年経った今も繰り返しプレイを続けていた【イストワール~星恋の七王子】。
目の前の赤髪の少年は、そのゲームの攻略対象の一人でこの国の第四王子、火の星を守護に持つオルトだ。
混乱する私を置き去りにして、オルトは話を続ける。
「それにしても驚いたぞ。あの女、ミザリーにぶつかるなど、身の程知らずなやつだ!」
オルトの言葉はなおも続くが、私の耳を通り抜けていく。
ついさっきまで喜びながら見ていた自分の見た目。
そして目の前で動き続ける赤髪の少年オルト。
何よりも周りからミザリーと呼ばれることが、私の思考を一つの答えと導く。
私は、大好きな乙女ゲームに出てくる敵役、ミザリー・マリア・ド・ゴール公爵令嬢に違いなかった。
実年齢は見た目の印象よりも少し上だが、そのおバカな性格で他の少年たちの中では最年少に見えた。
その隣では青目青髪の男性が、知的に微笑んでいる。
青年と言っても良いくらいの見た目だけど、赤髪の少年とはたった二つしか年齢の違いはない。
他にも立ち並ぶ様々な男性や少年たちは、全員が思い思いの笑顔を、この私に向けていた。
「ああー、やっぱりこのゲーム、神だわぁ」
自分の歳も忘れ、ついつい徹夜でゲームをしていた。
目覚ましのスマホのアラームは、三度目のスヌーズを申し訳なさそうに鳴らしている。
「やばっ! もうこんな時間だ。遅刻だー!!」
風呂上がりからの下着姿の上に、椅子にかけたままのスーツを着る。
肩まで伸びた髪は一つにまとめた。
ヒールのないパンプスで、サビが少し目立つ自転車に飛び乗る。
そうして会社に向かって全速力でペダルを漕ぎ続けた。
「大丈夫。ギリギリだけど、何とか間に合う!」
年甲斐もなく立ち漕ぎする右足が突然抵抗を失う。
チェーンが外れた。
そのままバランスを崩し、私は自転車の前に身を投げる。
意識を失う前に聞こえたのは、耳をつんざくようなクラクションとブレーキの音だった。
☆☆☆
(痛い……)
「お嬢様! ミザリー様! よろしゅうございました! お目覚めになられて! お加減はいかがですか?」
「耳が痛むわ……」
その発言を聞いた途端、黒と白のピッタリとしたメイド服を着た女性も、そして発した当の本人もぎょっとする。
「も、申し訳ございませんっ。以後気を付けますので、どうか、どうかお許しを……」
「いえ……いいのよ。楽になさい」
どうやら私が放った「耳が痛む」を「耳元で騒ぐな」と受け取ったみたい。
私は私で記憶と全然違う自分の声色に、戸惑っていた。
それに、意味は一緒でも口調が変わって勝ってに口が動くのはどういうこと!?
困惑している私は、見覚えのないはずなのに、なぜか知っている気がするメイド姿の女性に状況を聞こうと視線を向ける。
ところが、メイド姿の女性は頭を深々と下げて、そそくさと部屋を出ていってしまった。
その顔には隠そうとしてもなお表面に現れる、嫌悪感が滲み出ていた。
私が言った「楽にしろ」を「出ていけ」と取ったのだろうか。
「一体どういうこと……? 何処よ……ここ……」
天蓋付きの、数度寝返りをうっても落ちることのない広いベッドの中で、一人にされた私は今起きていることを必死で確認していた。
ベタな方法だと思いつつ、右手で自分の頬をつねる。
「痛っ! 夢じゃない? 私の……身体よね? え、どういうこと?」
視界に入る自分の身体に意識を向けると周りを見渡す。
都合よく部屋の隅に置いてある姿見を見つけ、のそのそとベッドから這い出した。
なんだかとっても動きづらい。
「きゃあ!?」
近付こうとして上げた右足の第一歩は、裾を踏んづけたままの左足のせいでその動きを制限されてしまった。
バランスを崩し前のめりに倒れた私は、起こした顔で鏡に写った自分の姿を凝視する。
手入れの行き届いた、緩いウェーブのかかる艶やかな金髪。
金色に近い淡褐色の虹彩を持つ、愛らしい大きな瞳。
記憶とは似ても似つかない、出るべきところは出、締まるべきところは締まった身体。
その身には仕立ての良い高級そうな真っ赤なドレスをまとっている。
「ふおっ? なんだかよく分からないけどこれが私っ。めっちゃ美人じゃん!!」
立ち上がり、思わず喜ぶ。
ずっと見た目が地味で、華やかな格好を楽しげにする友人たちがコンプレックスだった。
夢でもなんでも美人な見た目になれたのだから、その点は喜ばなくちゃ。
なんて思いながら、姿見の前で一人奇声を上げながらくるくる踊って見たりしてたら、自分の元へ近付いてくる足音が聞こえた。
少し……いや、だいぶはしゃぎすぎたらしい。
「ミザリー!! 気がついたんだってな!? 良かった! 心配したぞ!」
「い、いけません! オルト様!! お嬢様は今、お目覚めになられたばかりで!」
突然扉が勢いよく開き、まるで歌劇団の男性役が着ているような服装を身に付けた男が、私の元へ駆け寄ってくる。
てっきり私の声が大きすぎて、誰か苦情でも言いに来たのかと思ったら、違ったみたい。
燃えるように逆立つ鮮やかな赤髪、少しつり上がった瞳は髪と同じ真紅に染まっている。
少年と青年の狭間、まさに思春期真っ只中に見える。
私はその少年の姿に言葉を失っていた。
(あれは……オルト? え、え? どういうこと!?)
私が乙女ゲームにハマった原因であり、十年経った今も繰り返しプレイを続けていた【イストワール~星恋の七王子】。
目の前の赤髪の少年は、そのゲームの攻略対象の一人でこの国の第四王子、火の星を守護に持つオルトだ。
混乱する私を置き去りにして、オルトは話を続ける。
「それにしても驚いたぞ。あの女、ミザリーにぶつかるなど、身の程知らずなやつだ!」
オルトの言葉はなおも続くが、私の耳を通り抜けていく。
ついさっきまで喜びながら見ていた自分の見た目。
そして目の前で動き続ける赤髪の少年オルト。
何よりも周りからミザリーと呼ばれることが、私の思考を一つの答えと導く。
私は、大好きな乙女ゲームに出てくる敵役、ミザリー・マリア・ド・ゴール公爵令嬢に違いなかった。
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