春の花咲く月夜には
帰ることに決めた私は、人波をかき分けロビーを抜けて階段を上り、道路が見える地上へと出た。

もう、すっかり夜の街。

さっきまでいた空間と、全く違う景色が広がる。

それでも、まだ、ライブの余韻は続いてる。


(・・・こんな時、誰かと一緒に来ていたら、感想話せて楽しいのにな・・・)


そう思った瞬間に、ふと、元村先生の顔が頭をよぎった。

一度だけ、「×3BLACK」のコンサートに一緒に行ったことがあり、その時の楽しかった記憶が心の中にまだ残っているんだ。

けれど、私は断ち切るように首を振り、すぐに駅方向へ向かって歩き出す。


(・・・せっかく楽しい時間を過ごした後だもん。今は、先生のことは考えたくない・・・)


・・・今だけじゃない。これからも、ずっと考えることなんてなければいいのに・・・。

その時、ちょうど目の前の信号が赤に変わった。

まるで、この想いを留まらせようとするように。前に進ませまいとするように。


(・・・なんて。赤信号ぐらいでこんなことを考えてしまうだなんて、まだまだ忘れられない証拠かな・・・)


だけど、前に進みたい。こんなに楽しかった夜だもの。

今までと違う道を選んで、ちゃんと前に進みたいーーーーー。

ふと横道に目をやると、暗がりの中、明るく光る自販機が。

こんな薄暗い道にある自販機で、わざわざ飲み物を買うこともないかもしれないけれど、私はあえて買おうと決めて、横道に向かって歩き出す。

そして、自販機の前で足を止め、商品を上から順に眺めていった。


(・・・どれにしよう・・・、あっ、オレンジジュースがある)


100%のオレンジジュース。

なぜか今、無性に飲みたい気持ちになった。

お金を入れてボタンを押して、小さめのペットボトルを取り出すと、私はすぐにキャップを外し、ゴクゴクとのどに流し込む。

すると、ついさっき抱いた気持ちが・・・先生を思い出した記憶は不思議と薄くなっていき、ライブの時の楽しい気持ちが蘇る。


(・・・はあ、これ、すごくおいしい・・・)


どこにでも売っている、100%のオレンジジュース。

もちろんいつ飲んだっておいしいけれど、今日はいつも以上においしく感じる。
< 29 / 227 >

この作品をシェア

pagetop