春の花咲く月夜には
「そうなんですね・・・」


(わあー・・・、なんか嬉しい)


自分が褒められたわけではないけれど、好きなものを褒められることはやっぱり嬉しい。

ご機嫌な気持ちになった私は、普段よりおしゃべりになっていく。

「そうだ。私、今日の4曲目が特にいいなと思って好きでした」

「え、・・・って、バラードの?」

「はい。えっと・・・ギターソロで始まった曲です」

「うん」

「『×3BLACK』とは似てないし、他の曲とも雰囲気が違っていたけれど・・・、一番印象に残ってて。私は、あの曲が一番好きでした」

「・・・・・・」

機嫌よく今日の感想を話していると、彼は急に無言になった。

どこか神妙な面持ちで。うつむいて、なにかを考える様な雰囲気で。


(・・・ん・・・?)


・・・もしかして、伝え方がよくなかっただろうか。

少し不安を感じていると、彼は、うつむいたまま「そっか」と小さく呟いて、私に一歩、近づいた。

「おねーさん、名前は?」

「えっ・・・」

突然の問いかけに、私は驚き固まった。

気を悪くした様子は全くなくて、彼は笑って顔を上げ、前髪を少しかき上げた。


(・・・わ・・・)


おでこと眉毛と左右の目。

初めて、彼のそれら全てが一瞬見えた。

綺麗な顔をしているようには思ったけれど、本当に、全て整った顔立ちだ。

「オレは賀上咲也(かがみさくや)です。おねーさんは?」

「え、あ・・・、向居、心春です」

「・・・・・・、こはるさん」

いきなり下の名前で呼ばれ、不覚にもドキッとしてしまう。

だって、こんな近距離で。しかも、結構好きな声だから。

「また来てくれますか?オレらのライブ」

「えっ・・・、う、うん・・・、予定が合えば」

「よかった。じゃあ、連絡先教えてもらっていいですか」


(・・・連絡先・・・)


プライベートで男の人に連絡先を聞かれるなんて、それこそ元村先生以来かもしれない。

彼からすれば、ただのファンサービスや営業活動なのかもしれないけれど、こんなふうに聞かれると、思わずドキドキしてしまう。
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