春の花咲く月夜には
「・・・う、うん。じゃあ、ちょっとお待ちください・・・」

嫌ではなかった。

緊張しつつ、カバンの中でスマホはどこかとゴソゴソ探す。

するとその時、「サクヤ!」と、大通りから彼を呼ぶ声がして、彼と2人で声の方を振り返る。

「もう!どこに行ったかと思ったら・・・、芝さん、サクヤのこと探してたよっ」

言いながら、2人の女の子が近づいてきた。

一人は、はっきりとした顔立ちの、金髪のロングヘアの女の子、もう一人は、黒マスクをつけた全身黒づくめの服に黒髪の、おかっぱヘアの女の子。

「え?ああ・・・、芝さん、来てたのか」

「もう・・・、来てたのかじゃないわよ!出待ちしてる子たちもたくさんいるし、みんな、サクヤのこと待ってるんだから!」

金髪の女の子が彼に言う。

女の子はずいぶん年下のように見えるけど、この感じ・・・、もしかして、彼女だろうか。


(あれ・・・?というか、この子、さっきのライブで一番初めに出てたバンドのボーカルの子だ・・・)


黒づくめの子の方は、ベースを弾いていたような。

何気なく女の子たちを見ていると、金髪の子がキッ!ときつく私を睨んだ。

「ちょっとそこの人!勝手にサクヤを連れ出さないで!」

「えっ!?」


(つ、連れ出したわけでは・・・)


「亜莉沙、違うって。この人はオレが・・・」

「・・・っ、もういいわ!いいからとにかく早く行こ!」

そう言って、金髪の子は彼の腕に手を絡め、急かすように引っ張った。

彼は「ちょ、待って」と、なんとか金髪の子をなだめると、私に封筒を差し出した。

「とにかくこれは返すから。また、待ってます」

「えっ、ちょっ・・・!」

「もう!サクヤ、行くよ!!」

もう待てない、というように、金髪の子が彼をグイグイ引っ張っていく。

私は思わず封筒を受け取ってしまったけれど、これでは、ライブに来る前とほぼ変わらない状況になってしまった。


(今日は、チケット代を渡すことが大きな目的だったんだけど・・・)


それがまるまる返却された。

一緒に入れていたコーヒー代に関しては、さっき彼が飲んだコーヒー代の150円分が減っただけ。
< 34 / 227 >

この作品をシェア

pagetop