春の花咲く月夜には
「・・・先生・・・」

ずっと忘れられないままでいる、初恋の人。

あの頃よりも痩せていて、少し疲れた様子だろうか。

白髪が混じった髪の毛は、確実に歳を重ねたことを感じるけれど、やっぱりあの頃と変わらない。

目の前に立っているのは、間違いなく元村先生だ。


(・・・どうして・・・。あれから一度も、街中で会うことなんてなかったのに・・・)


それなのに。どうして今、この場所で。

信じられない思いを感じつつ、私は、肩に下げたカバンの紐をぎゅっと握った。

「・・・こんなところで会うなんてな・・・。元気にしてるか」

「・・・っ、はい」

「・・・あ、えっと・・・・・・、こちらは、彼氏?」

先生が賀上くんに目を向けたので、私は慌てて首を振る。

賀上くんには嫌われたのかもしれないし、冗談でも、彼氏だなんて間違われるのは申し訳ない。

それに、彼氏と2人で歩いていると、先生に思われることもいやだった。

「いえ・・・、会社の後輩です」

「・・・そうか。いや、もし彼氏だったら申し訳ないなと思ったんだけど・・・、ずっと、心春には会いたいと思っていたから」

「えっ・・・」

またしても、信じられない心境だった。

先生が、私に会いたいと思ってた?

それはどういう意味だろう。

気持ちが激しく揺れ動く。

「普通に連絡すればいいんだろうけど、連絡先変わってるかなとか、出てくれなかったら・・・とか色々考えて。どうにも勇気が出なくてな。変わってない?連絡先」

「・・・、はい」

「じゃあ・・・、後で連絡してもいいかな。俺の知らないところで、色々と誤解を生んでたみたいだったから・・・。心春とは、ちゃんと話がしたいと思ってたんだ」

「・・・・・・」

バクバクと、心臓が大きな音を出している。

・・・後で連絡?先生が?


(でも誤解って・・・、きっとあのことだ。やっぱり、あの話は間違いだったのかもしれない・・・)


知りたかった。

真実を知ることを、ずっと避けていたけれど。

先生が嘘だと言ってくれるなら、私が抱えたままの感情は、きっと変わっていくと思うから。
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