春の花咲く月夜には
この手がいつ離されるのか、自分から離すべきなのか、どうしたらいいのかわからなかった。

「・・・っ、すいませんっ」

指摘をするまで、賀上くんは忘れていたのか、ハッとなって握っていた私の手をすぐに離した。

急に解放された私の右手は、行き場がなくなったように宙で止まった。

彼のことを見上げると、何やってるんだ・・・というように、右手で口元を押さえてる。


(・・・ど、どうしたんだろう賀上くん・・・)


明らかに、彼はいつもと様子が違ってた。

いつも・・・というか、さっき先生と会ってから、急に様子が変わった気がする。


(・・・でも、それを言うならマサさんのお店の会計後から、変わったといえば変わったけれど・・・)


今は、あの時の変化とも、また様子が異なっていた。

どちらかといえば、会計後とは真逆にあたる状態だ。

変化に変化が重なって、私はとても混乱していた。


(お会計の後は嫌われた感じがしたけれど・・・、今度は肩を抱かれたり、手を繋がれてここまで来たり・・・)


しかも彼は先生に、「これから彼氏になる予定」だと言った。

嫌われた後、急に好かれるようなことをした覚えは全くなくて、ますます頭が混乱してくる。


(酔っている?それならそれで、言動の理由がわからないでもないけれど・・・)


悩む私の横で、賀上くんは、はあ、と大きく息をはく。

「・・・すいません。すげえ必死で・・・、強引でしたよね」

「う、うん」

彼に聞かれ、混乱したまま頷くと、「ですよね」と言って、賀上くんは落ち込んだ。

表情はあまり見えないけれど、それでも、「落ち込んでる」ってわかるくらいに。

「・・・・・・、元カレですか、さっきの人」

うつむいたまま、遠慮がちではあるけれど、しっかりとした声で彼が言う。

なんでわかったんだろう、と驚きながら、胸の奥が、チクリと痛む。

「・・・うん・・・、そう」

一瞬答えを迷ったけれど、嘘をつく理由もなかった。

お酒が入っているせいか、もうなんでも聞いてくれ、というようななげやりに思う気持ちもあった。

「・・・結構、年上っぽいですね」

「うん・・・。12コ年が離れてる」
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