春の花咲く月夜には
「12・・・、そっか。『先生』って呼んでましたけど、なにかの先生だったんですか?」

「・・・うん。中高時代の先生なの。中一の時、担任で」

「・・・担任・・・」

呟きながら、賀上くんが少し悩む様子に見えたので、私は一応、補足する。

「学生時代に付き合ってたってわけではなくて・・・。成人式の時に再会して、それがきっかけで何度か会うようになってそれから」

「ああ・・・、なるほど」

「そっか」と言って、賀上くんは納得したような顔をした。

わざわざ言わなくてもよかったことかもしれないけれど、色々誤解のないように、ここはきちんと伝えたかった。

「・・・それで、心春さんはまだあの先生のことが好きなんですか?」

「っ!」

核心のような質問をされ、私はぐっと言葉に詰まる。

完全にふっ切れたなんて言えないけれど、別にもう、好きじゃないって思ってた。

だけど・・・、今ここで、「好きじゃない」って即答できない。

そんな自分が嫌なのに、言葉として、口にできない。

「・・・早く、忘れたいとは思っているけど」

曖昧な肯定のようだった。

このセリフを、私は何年言い続けているんだろうか。

そのたびに、いい加減忘れよう、忘れなきゃって、自分に何度も伝えているのに。

ーーーと、その時。

「次はー、『胡桃(くるみ)が丘~』、『胡桃が丘』でーす」

賀上くんが降りる駅の、アナウンスが車内に流れた。

ハッとなって、彼を見上げる。

「・・・賀上くん、次降りるよね」

「いえ。送りますよ、家まで」

「ううん、大丈夫だよ。今日はもうタクシーに乗るつもりでいるから」

「・・・じゃあ、駅の改札まで送ります」

「大丈夫だよ。賀上くん、Uターンになっちゃうし。帰るの遅くなっちゃうから」

「・・・別に。そんなことより、心春さんともっと一緒にいたいし」

「・・・えっ・・・?」
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