stalking voice〜その声に囚われました~
・・・
(……本当に来ちゃった……)
あれから、震えては止まりを何度も繰り返す指で、『招待を受ける♡』をタップした。
だって、もうひとつの選択肢――『またにする』の横には、ハートがギザギザに割れた絵文字がついていて、考えすぎだとは思うけどそれを見るのは悲しかった。
それに、どんなに震えて、返信に時間がかかったとしても、指はいっこうにブレなかった。
迷ってはないんだ。
ただ、失うのが怖いだけ。
つまり、私はもう。
(……恋、してるってこと)
小学生の頃の、淡すぎて思い出せないものを除くなら、きっとこれは初恋と呼べる。
初めて好きになった人に「一度も」会わないなんて、いくらなんでもそんな人生は嫌だった。
他にそんな例があったなら、少なくとも私は会おうと思えば会える機会をもらえたんだから、まだ幸運だ。
分かってはいても、いざ分相応な某ラグジュアリーホテルを目の前にすると、それだけで緊張して意識が遠退きそうになる。
こんな格好でよかったのかな。
時間と場所、パーティーの概要のところに「平服で」なんて書いてあったけど、その書き方自体がちっともカジュアルじゃないし。
かと言って、あんまり気合いを入れすぎて恥ずかしいのも嫌だ。
何度考えても唸っても、結局答えは出ず――何となくワンピースなら許されそうで、仕事帰りに奮発して買った。
「あのー、ヒトミさんですか? ヒトミさん……ですよね? 」
「…………えっ? 」
(……って、私? )
自分じゃない名前を呼ばれて、一回目は完全に無視してしまった。
「ち……がいます」
「そんな。昨夜もお話ししたじゃないですか」
いきなり話しかけられて、すぐに反応できなかったのが悪かったのか、昨夜お話ししたばかりらしいのに、声を聞いても信じてくれない。
「あの、私本当に違うので……」
「でも、その声、ヒトミさんですよー。ここで立ち話もなんですから、中に入りましょうか。詳細分かりませんが、イベント楽しみですね」
最初はその、ヒトミさんに勝手な同情と、どうして約束したんだろうと失礼な疑問を抱いてたけど、「イベント」の一言にゾッとする。
泉くんなら平気だったのに、違う男の人に言葉にされると恐怖と不快感でいっぱいになって。
「やめ……人違いだって言ってるじゃ……」
「……会場にも入らずに、何してるんですか」
低く咎める声に、私も怒られたのかと反射的にビクッとした。
でも、そうじゃなかった。
「……っ、関係ないだろ。離せ……! 」
「関係ある。彼女ならね。大体、まだ始まってもないのに、しかも外で声掛けなんて違反だろ」
捻られた手首を擦って背中を向けたんじゃ、悪態も随分弱々しい。
それを見てやっと、肩か腕辺りに触られそうになってたのを助けてくれたんだって気づく。
(……そうだよ。間違えようがない)
どんなにびっくりしたって、どんなに信じられなくたって。
――この声、なんだもん。
「……とか言って、僕もそわそわして、中で大人しく待てなかったんだけど。結果的に、よかった……かな」
「……いずみ、く……」
そこは、「ありがとう」だ。
もう分かってる名前を、確認するみたいに呼ぶことないのに。
「うん。初めまして……だね」
彼を見上げて、「どうして? 」って顔してる。
どうしても何も、彼が泉くんだってことは事実。
それでも驚きを隠せないのは、だって――……。
――すごく、格好いいから。
格好いいから信じられないなんて、自分勝手で失礼すぎる感想。
でも、どうしてマッチングアプリなんて利用することになったのか、謎すぎる。
「……えっと。とりあえず、言っておくと。僕は帰るつもり、まったくないけど……一緒に来てくれる? 」
ぽかんとしてたかな。
それとも、思いきり疑うような顔をしてたかもしれない。
何にしても見すぎで、慌てて俯いた。
(……背、高いから、きっと、すごい変な顔で真下から見上げてた……)
よく、帰る気にならないでくれたな。
「本当にどうして」が、ぐるぐる頭の中で何度も回る。
ただひとつほっとしたのは、私に向けられたその声は、やっぱりいつもの優しい彼のものだということ。
調子のいい結果論だと言われそうだけど、私も。
「……うん……」
――もっと、声聞いていたい。