stalking voice〜その声に囚われました~
ホテルの中に入ると、特に専用の受付は設置されていなかった。
テンパって、どうしていいのか困惑してると、そんな私に笑って彼が前に出てくれる。
(……そうだった)
アプリを開いて、フロントで見せる。
そうすれば、離れて見る分にはただホテルにチェックインしてるようにしか見えない。
チェックイン――それはそれで緊張するのは、経験不足に妄想過多、それから。
「もう見つけてるのに、変な感じだね」
――相手に、既に好感を抱いてるから。
フロントで貰ったカードキーと、手首に付けられた赤いブレスレット。
パートナーが一目で分かるように……さっきみたいな誤解を生まないように渡された、色別の輪っかを照れくさそうに指で弾く。
なぜか自分の手首がくすぐったくて、思わず手首の内側を撫でてしまった。
ラウンジには、もう他のカップルもいた。
私たちの他にはたった三組。
ちなみに、さっきの男の人はいない。
どうやら、ヒトミさんは現れなかったようだ。
何だか気まずいのは、思っていたような気恥ずかしさじゃなくて、女性陣の目がチラチラ泉くんにいくのが分かるから。
(……そうだよね)
だって、ある意味本当に浮いてる。
けして、他の男性がどうということじゃないけど、だからこそ、彼一人際立っていた。
高級で、何だか落ち着かないくらいスタイリッシュな空間にいるのが日常みたいなスーツ、背筋、歩き方。
反面、どうしてこんなパーティーに来たのか理解できないくらいの強烈な違和感。
目立って当たり前だ。
「ね、おいで」
「え? 」
そんな泉くんと、他の参加者の間の何とも言えない空間のどこに存在したらいいのか悩みながら、それでもそっちに寄ろうとした私に泉くんが言った。
「そっち、行くことないよ」
ふいに手を取られ、傾いた頭の側で囁かれた。
「鍵、もう貰ってるでしょう」
それもそうだ。
ラウンジにはコーヒーもシャンパンも、軽食も参加者に用意されてたけど。
だったら、さっきのカードキーが意味を成さない。
(何考えてるの)
意味を持たせようとするのは、ただの私の空想。
確かに、あの中でお喋りできるタイプじゃないし、必要もない。
「ごめん。いきなり掴んだりして」
「あ、ううん」
掴むなんて表現は、全然合わない。
ちっとも痛くなかったし、よろめいたのは私の足が覚束なかっただけ。
「……呼べなかったんだ。名前、他の奴に教えてあげたくなくて」
「……え……」
危ないからだ。
心配してくれただけだ。
参加者とはいえ、彼以外は話したこともない他人だから。
「君をあの中に置いて、まだ皆にチャンスがあるみたいにしたくない。だって……」
まだ触れられたままの手首で、ブレスレットが肌を軽く擦る。
最初から赤く染まった金属が、少しだけ強く。
――これは、相手を探すパーティーじゃないんだって。