stalking voice〜その声に囚われました~
「……? 」
二枚、別々のカードキー。
エレベータを降りたあたりから、「自然と」を装って追いかける彼の背中、案内されるみたいに一度も部屋まで迷うことのない、長い足。
おしゃれなレタリングの部屋番号の前でクスッと笑われ、俯いていた視線を上げた。
「よく出来てるな、と思って。だって、マッチングが終わってるなら、ラウンジで待機なんて必要ないよね。他の参加者と、わざわざ顔合わせる意味って何だろうと思ってたけど……あ、こういうことって納得した」
「こういうこと? 」
解錠の音に反応したのを誤魔化したくて、少し声が大きくなった。
「嫉妬、焦り。気になる相手の再確認。……平気? 」
最後のは、答えじゃなく質問。
「ホテルの一室、二人きりで」平気……?
「うん」
慌ててすぐ返事をしたけど、それも変だったかな。
文字だけで、何の背景も感情も説明せず表すなら、私は「初めて会う男性と、ホテルに来た」んだ。
力いっぱい、頷くところじゃなかったのかもしれない。
「平気じゃないのは、僕の方か」
「え、あ、そ、そういう意味じゃ……」
「嫌がらないでくれるだけ、嬉しい。まだそう思えてる……はず。はい、どうぞ? 」
弁解しようとするのを遮って、冗談ぽく、丁寧に優しく――ドアを引いてくれた。
「……って、言うかさ。そりゃ、モニタリング必要だな、これ。分かってはいたけど、この状況で世間話する方が難しくないか……」
ドアはオートロックだ。
私を部屋に入れてくれた後、さりげなくチェーンを掛けたのも、あまり意味はない。
そんなことしてもしなくても、セキュリティはしっかりしていそうだし、「Don't disturb」
なんて言うまでもなく、頼まれるまで誰もやっては来ないだろう。
泉くんの言うとおり、アプリの運営会社に見張られてる以外は。
「えっ……と……」
どっちにも、Yes/Noとも言えかった。
他の人はともかく、彼が監視が必要な人間だとはもちろん思えないし、じゃあ、世間話をしないのなら、一体これからどんな会話をしたらいいのか。
世間話すら難しい私は、口ごもるしかできない。
「ごめん、忘れて。……無理だよね。本当にごめん」
「ちが……泉くんが謝ることじゃないよ。本当にそのとおりだと思うし。私が慣れてなくて……」
フリーズした私にソファを勧めてくれる。
少し不自然に私の前で誘導したのは、きっとそんな私の目に、大きくて寝心地良さそうなベッドが入らないようにしてくれたんだと思う。
「いや。君と二人でここにいて、僕の本性が駄々漏れになってきてるんだよ。世間話で終わらせたくないって、さっきからもう、理性があちこち飛んでて……わざと困らせて、可愛いなって眺めるの楽しんでる」
今度こそ、完全に話のどこにも反応できない。
「だから、ごめんね。少なくとも今日は、滅多なことできないって、ちゃんと分かってるから。……とか言われても、だよね。ますます好きになっちゃって、襲いたくなってるけど襲いませんってそんな宣言、信用なさすぎるよな」
「……あの……」
それは、どういうリップサービス。
泉くんが、そんなことするわけないのに。
それも、困る反応が面白いから?
「これね。裏側にボタン付いてるって、説明ちゃんと聞いた? 僕がおかしなことしたら、すぐ押すんだよ。分かった? 」
「…………そんなことしないくせ」
ブレスレットに仕掛けられた、通報装置。
そんなものが必要になるような真似、泉くんが――……。
「ん? お返事」
「……はい」
(……今、ちょっと押したくなった)
――するわけないくせに、寧ろ私に対してなのかと疑うほど、不要な牽制。