stalking voice〜その声に囚われました~
「……それ、ほんと? 」
「……意地悪」
ふっと。
吐息と笑いを含んだ声は、嘘じゃないってもう知ってる。
「嬉しいからだよ。不安なままだったら、意地悪する余裕ないし。君が僕の顔を気に入ってくれて、ほっとした。ありがとう」
そうまではっきり言葉にされて、かつお礼を言われてしまうと、文句なんて引っ込んでしまう。
「でも、僕も。好きじゃなかったら、好みじゃなかったら意地悪しないよ。可愛いから、手が出る」
「……そんな」
「ん? 」
また、練習という名の意地悪が始まったら敵わない。
口をつぐむ私にクスクスと笑った。
(それより……)
圧倒的に恥ずかしいのは、そんな意地悪よりもその視線だ。
自惚れだって分かってるけど、そんなふうに本当に可愛いとか好きみたいに見つめられると、それだけで茹で上がってしまいそう。
「あ……っ」
「どうかした? 」
どうもしてない。
沈黙がいっそうその目を熱くするようで、何もないのに声が出てしまった。
「え、っと。その……お金、立て替えてくれたって」
ふかふかのソファに座ってるのに転けそうな彼に、かあっと熱が上がる。
要らないことだった。
いや、大切なことだけど。
でも、とにかくこの瞬間には相応しくないことだけは確か。
「立て替えっていうか、僕が招待したんだから気にしないで」
「それは……」
でも、言ってしまったものは仕方ない。
お金のことは、きちんとしないと。
このホテル、このサービスの料金って、ちょっと、いや、かなり不安ではあるけど。
彼に会えてよかったし、後悔はしない。
「待って。それにね、言わなきゃいけないことあるんだ。その話が出たら、今言うべきだな」
なのに、そんなことを言われて一気に怖くなった私に、
「心配しないで。そんな変な隠し事じゃないと思うから」
そう、優しく微笑んだ。
安心させる為か、背の高い彼が背中を丸めて私の目線に合わせてくれたから、更に声が近くなって――息を止めてしまいそうになる。
「コネがある……っていう言い方は、潔くないか」
「え? 」
コネ? Beside Uに……って、どういうコネだろう。
「あ、じゃなくて。いや、それもそうなんだけど、ここ……このホテルの方」
疑問符でいっぱいの顔だったのか、誤解の仕方までバレバレだ。
(でも、ホテルの方ってことは……)
「このホテルの経営者、うちなんだよ。跡取りっていうのも、なんか恥ずかしいっていうか情けないっていうか」
泉くんが、この超有名ホテルの御曹司――……。
「実は、このアプリの開発者、大学時代の友達で。いろんなタイミングが重なって、ここを会場として提供することになったんだ。そしたらそいつから、どうせ相手いないんだから、ついでにお前もやってみたらって言われて。あ、でも、サクラじゃないよ」
それで、コネ。でも。
(……うーん……)
「全然、納得いかないって顔。思いっきり疑ってる感出されると、笑っちゃうけど。いや、笑いごとじゃないな。本当なんだから。どうしよ……」
だって、サクラというか、イメージキャラクターみたいなものなら、まだ分かる気もする。
婚活サイトのCMにこんな人が登録するわけないって毒吐きながら、でも期待しちゃう感じ。
「んー……。何か変なこと考えてるな、この子は。自己完結して帰られちゃう前に、納得してもらえるように努力するから待って。とにかく、最初から話すね。……聞いてる? 聞いてよ? 」
「……聞いてる」
疑ってるって言われたけど、ちょっと違う。
御曹司だと言われれば、納得。
こんな高級ホテルにも、まったく物怖じしないところもそう。
ただ、マッチングアプリの経緯が――……。
「……だから、顔。言いたいことは、分かったってば。とにかく、このホテルは実家が経営してて。どこも不景気だし、こんな時代でしょう。旅行客や出張の宿泊なんかだけじゃ、厳しいわけで……」
そんなに酷い顔してるらしく、本当の本当にあまり関係ないかもしれない最初まで遡ってくれた。
それなのにやっぱり、私は声音を聴いてしまうんだけど。