stalking voice〜その声に囚われました~
世界的な大不況の最中、ホテル業界も冷え込んでいるそうで。
「若い頭で何か考えろって言われた矢先、オファーがあったんだよね。まあ、内容が内容だから、親父は渋ってたけど。まず、アプリから説明しないといけなかったし。まさか、親にマッチングアプリの説明する日が来ようとはね」
相変わらず――なんて、利用したこともないのにおかしいけど、ずっとそのままここにあるような重厚な高級感は、とてもそんなふうには見えないけど。
「見せてないだけだよ。そこで急に値段や質を下げたら怪しすぎるし、ハイクラスの意味も価値も失くなるし。でも、それで承諾するくらいには焦ってたんじゃない。で、さっき言ったみたいに、僕も誘われたわけ。あ、でもここは、親には言ってないんだけど」
「言ったら、もっとせっつかれそうだし」そう言って、恥ずかしそうに笑った。
きっと将来有望で、外見にも恵まれた彼に特定の恋人がいないと、ご両親もやきもきしてるのかも。
「君はそんな顔してるけど、本当に縁がなかったんだ。それはまあ……家のこととか利用して、遊んだことなんかないとは言えない。でも、それだけ。そんなの僕自身の魅力でもなんでもないし、僕も本気で心を許せた人っていたことがなくて」
「ごめんね。事情があるんだろうな、とは思ってたのに……」
彼自身を好きになった人だって、いたとは思う。
でも、それ以上にたくさん嫌な思いしてきたんだ。
「いや。あゆなちゃんは、これ聞いても全然興味もってくれなかったよね。それはそれで、寂しい気もしてる。つまり、否定しててもそれに頼ってたんだろうな。……でも」
――嬉しい。嬉しすぎて。
「ちょっとゾクゾクしてる。どうやったら落とせるのかなって」
きっと、今までそんなことがなかったんだろうな。
堕ちるも何も、最初からすぐそこにいて。
こんな人からそんなことを言われて、ぐずぐずしてる私が物珍しいのかも。
「ごめんね、言ってなくて。君は、登録するまでのこと教えてくれてたのに」
「ううん。私が聞いてほしかっただけだから」
好きになるのは、もっと簡単。
どうしてこんなにハイスペックで、優しくて素敵な人が私とホテルの部屋にいて、口説くとか落とすなんて言葉が出てくるんだろう。
「会って、ますます分からなくなった。こんな可愛い子に、なんでそんな真似ができるんだろ」
「……好きになってもらえなかったんじゃないかな。それに、私も。好きになってなかったから、仕方ないか、で終わっちゃった。それ、伝わってたんだと思う」
誰だって、自分を好きになってくれる人が好きだ。
それが、もっと可愛くて魅力的な人だったら尚更。
「そうだった。練習中、だったね」
「え……」
溜息にぴくんと震えたのに、首を振ってくれた。
少しだけ長く、迷ったように掌が空中で待機して、そして。
「君は悪くないよ。そんな恋愛だってある。でも……」
ぽんぽん。
少しぎこちない触れ方で、痛くないように、でも優しすぎていやらしくならないように気を遣ってくれたんだって分かる。
「そうじゃなく、君を見てる奴もいるよ。君が好きになれるのも。それが僕になれるように、頑張らせてみてくれない? ……ね、お馴染みの狡いこと、言わせて」
――僕じゃ、だめ……?