stalking voice〜その声に囚われました~
「……だ、だめなんて……。わた、しが」
どう見ても考えても、彼に相応しくない。
「じゃあ、僕でもいい? 」
うっと詰まって下から睨めば、いつもの「ん? 」って感じで、僅かに首を傾ける。
口下手な私の思うところを汲んでくれる彼らしくない、でも、彼らしい優しい意地悪。
(いつもの……)
なんて言えるほどの、知り合ってからの期間もなければ、顔を合わせてほんの数十分間しかない。
それなのに、今までのどの人よりも、私を知ってくれてる。私も――……。
(しりたい)
もっと、泉くんを知りたい。
「不安だよね。でも、ある意味、誰よりも身元ははっきりしてるんだけど……何か聞いておきたいことがあるなら、何でも答えるよ。遠慮なく聞いて」
普通に、なんて言う時代じゃない。
マッチングアプリなんて、今時珍しくもない。
ただ、このBeside Uというサービスが、少し変わってるだけ。
今までみたいに自分の行動圏で出会っても、その場で全部相手のことを知る方が無理な話だ。
「………どうして、そんなに、その。私なん……」
膝の上の指先が、そっと絡んだ。
触れられて驚いて初めて、いつの間にかきゅっと縮こまってたんだって気づく。
「そんなこと、言わない。約束」
そうか、これは指切りなんだ。
子供の頃だって、こんなことした記憶なんか既にない。
なのに、このこどもっぽい仕草が、何かと対比してものすごくオトナっぽかった。
「言うなら、その酷い男の悪口言いなよ。全部、聞いてあげる。どんなことでも、何て言っても非難したりしないから」
絡め取られたのが、小指じゃなく人差し指だからかな。
子供が無邪気にぎゅっときつく絡めるのとは違って、触れたものの遠慮したのか、爪のすぐそこで浅く引っ掛けただけだからかな。それとも――……。
「でも、好きな子を責められるのは嫌だから。ね、約束」
それが、泉くんだから。
「……好きだよ。こんなところで、会ったばかりでこんなこと言って、怪しいの分かってる。逆にムードも何もないよね。初対面で、ホテルで告白なんてないよな。本当、恥ずかしい」
彼を意識してるから。
「でも、格好つける余裕ないくらい、本気。マッチングなんて、いつでも解消できるんだし、音信不通になることもできる。君が他のところに行ったら……そう思ったら、すごく嫌だ」
――私が、好きになったから。
「嫌なんだ。それって、結構……ものすごく好きになってるからだって、認めるしかなくて。認めたら、指咥えて見てるなんて無理だった。……ごめんね、余裕なくて」
駄々っ子みたいに「嫌」を繰り返すのに、注がれる視線に耐えられなくて見上げた顔は、焦れた男の人だ。
「これで終わりになんかしたくない。……今度………」
「今度」に反応したのは、私だけじゃなかった。
通知音に眉を寄せ、弾くようにタップした
後、なぜか私に画面を見せてくれる。
「“残念ですが、当方ではまだカップル成立とは見なしておりません。カップル成立までの個人的な接触は禁止です“」
「……本当に見張られてるんだ。っていうか、そんなの僕が一番よく分かってるよ。全然そんな感じじゃないって。くそ」
笑うところじゃない。
当の本人が笑うことじゃない。でも。
「あのね。口説かれてるって自覚あるの、ないの? 」
拗ねた感じが可愛くて、我慢できずに笑い声になってしまった。
それにますます拗ねた顔をしてみせた後、そうやって男の人の目と声になる。
(自惚れかもしれなくても、ある……)
それを見て、感じて。
少し気が逸れていた繋がれたままの指先が、またじわじわと熱を帯びた。