stalking voice〜その声に囚われました~
あれから、いろんな話をして――話してくれたのは主に泉くんだったけど――時間なんてあっという間だった。
この格式高いホテルの経営戦略とか。
こんなふうに新しい試みもやっていかないと生き残れないけど、伝統やクラシックなところを失くしてしまえば、重厚感や既存客も減ってしまう。
「はっきり言って、この集まりって変じゃない? 怪しくてカジュアルさもなくて。そこがいいかなと思って引き受けた。利用者の安全面は第一だから、まあ、ちゃんとモニタリングしてるって証明してくれていいけどさ」
そう言って、まだ不満そうにしたりして。
お話タイムの終了を告げるスマホを恨めしそうに睨んだ。
(私だって……)
寂しい。
彼の言うとおり、この顔合わせはすごく変で怪しい。
「アプリからでしか連絡できないって思うと、名残惜しいどころじゃないね。……ね、待って」
でも、そんなの気にならないくらい、彼のことが頭の中を占めてる。
このままだと、何かに全身沈み込んで帰れなくなりそうで。
急かされるまま、パッと立ち上がると、手首をソファに座ってる泉くんに捕まえられた。
「……っ」
パートナーの証――少なくとも、今この時はそうであるはずなのに――それが邪魔だと言わんばかりに揺れた金属が艶めかしい。
「……ごめん、どうかしてるね、僕」
金属アレルギーで、チリっと肌が痛痒いのかと思った私の脳は、単純すぎる「好き」という感情にあまりに不慣れだ。
「本当にごめん。……だけど、こんな不確かな状態で、何もしないで帰すとか無理すぎる……」
見なくても分かる。
肌から感じるそれは、冷たい金属のわけないって。
当たっただけじゃない、しっとりとしていながらどこかが乾いて仕方ない感覚は、ただ唇が触れただけでもないんだって。
「……押さないでくれるんだ。優しいね」
通報システムなんて、あってないようなものだ。
だってもう、明らかに吸う息よりも吐く息の方が長くなってる。
「それとも、怖くて動けない? 」
「……ち、がう……」
ゾクッとするのは、ねえ、これは――……。
「……そこはね、怖いからやめてって言うべきだよ? そんな、混乱してどうしたらいいか分からなくて、何もできないって涙目になられたら」
個人情報の開示はすぐ止められたのに、どうしてこれはお咎めなしなんだろう。
もしかして、カメラの死角があるのかな。
音声は拾わないの?
「男はもっと見たくなっちゃう。すぐやめてって言われるのも可愛いけど、可愛い顔で必死で平静を装われると……崩してやりたいって気になるから」
無意識に何かを探して何もないはずの後ろを向いた私に、楽しそうに笑った。
面白がってるっていうよりは、まるで人間のすることの意味が分からず困惑してきょろきょろするペットが、可愛くて愛しくて仕方ないっていうみたいな。
超越した愛情めいた笑い方。
「ごめんね。でも、これは意地悪じゃないよ。懇願」
とてもそんなふうには見えない。
何だかちょっとだけ馬鹿にされたみたいで、睨む私の手首をまた少し、きゅっと締めつける。
「僕に“次”を頂戴。それから……」
――それまで、他の男にあげないで。
「お願い。できる……? 」
そんなの、簡単すぎだ。
でも、頷くべきじゃなかったのかも。
「ん……ありがとう。いいこだね」
「お願い」が叶った後に続くのが「いいこ」だなんて。
それだって、おかしくて怪しい――そう既に気づいたのなら、ここで振り払うことだってできたはずなのに。