stalking voice〜その声に囚われました~
『……ありがとう。本当に嬉しい』
心底ほっとしたって吐息混じりの声が、もう何度脳内で再生されたか知れない。
困ったことに、それはただ記憶として何度も思い出すだけじゃなくて、まるで一度囁かれたその声が耳奥で繰り返しくすぐるみたいに、私をぞくぞくさせた。
ああ、本当に好きなんだな。
けして触れることができない、現実ではあるけど、きっと私とは別世界の人――あまりに遠すぎて、憧れはするけど、手を伸ばそうなんて考えないようにしてた。
会ってみてそれが事実だって思い知ったのに、また会いたい、好き――そう言われて、夢の世界から戻りたくなくなる。
何度、現実に戻ったって、こうしてまた。
「あゆなちゃん」
この声を聞きたくなる。
「……来ちゃった」
「……ね」
来てしまった。
夜空、何も眩しいものはないのに、俯いてしまう。
だって、前回とは訳が違う。
単なる出会いの場なんだって、ただ話したいだけなんていう、別に誰も関心のない弁解すらできない。
(……ううん。誰か他人、じゃなくて)
「そんな、緊張しないで」
和ませようと笑ってくれる、目の前の彼にだってバレバレなんだ。
「……無理だよね。分かる。僕もそうだから」
――あなたと、しに来ました、って。
「……嘘だ」
そんなこと思ったんじゃない。
何て言ったらいいのか、どんな顔して立っていたらいいのか分からなくて。
「また、そんなこと言う。ドッキドキだよ。こんな時間、こんなところで君と過ごせるんだから」
夜中、辺り一帯から既に、何ともラグジュアリーな空気が漂うここは、しんと静まり返ってる。
何だか騒いじゃいけないような、こそこそした雰囲気は、まるですべての利用客がイケナイ目的を持ってるみたいに見える。自分を含めて。
「真っ赤。……かな」
「も、もう……」
思わずバッグで顔を隠すと、思ったとおりの反応って感じでクスクスと笑って。
「見えてないよ。……ほら、行こっか」
暗いから、そんな必要ないよって、やんわりと手首を握られ――重厚極まりないエントランスへと誘う。
パートナーの解消。
マナー違反の通報。
そんな措置が見せかけだって、本当は最初から気づいてた。
――もう、後戻りできない。
「うん」
迷いはない。
いつか、不本意ではないけど望んでもいない初体験を迎えるのなら、せめて、大人になってからの初恋の相手がいい。
人間なんて、会って話して、たとえそれから何年経たとしても、本性なんて分からないんだ。
クラスメイトだって同僚だって、合コンで出会った他人なら尚更、危険度は大して変わらない。
(それなら……)
この手を、信じたっていい。
恐る恐るって思われたくなくて、すぐに摑まった手はやっぱり大きくて、少し怯む。
「大丈夫だよ。君に嫌われる気、ないから」
男の人だ。
手を包まれただけで、この先を想像してしまいそうになる私が、どう初心ぶればいいの。
せめて、そんな気持ちくらいバレませんように――そう願いながら、両脇のドアマンから目を逸らして、そっと彼を見上げた。