stalking voice〜その声に囚われました~
今回は、私が受け付けを済ませる必要すらなかった。
カードキーも一枚。
本当に、「ご宿泊」なんだ――そんな考えはチープすぎて、このホテルとの貧富の差が私と和泉くんそのものだ。
途中、本当に他の客とは会わなかった。
ただ、時々すれ違うスタッフが数人、ハッとした顔をした後に目を伏せ、道を開ける。
(御曹司……か。本当に別世界……)
「はい、どうぞ」
ドアを開ける瞬間、部屋に着いてからも手を繋いだままなのに照れたのも、そこまで。
前回もそうだったけど、それを更に上回る豪華さにあ然とするしかない。
「……誰が泊まるの? 」
この部屋を使うのが、どんな人なのかすら想像できない。皇族とか?
「君でしょう」
笑い声が後ろから聞こえて、振り向く前にそっと上着を取ってくれた。
「……僕も」
慣れない行動と、思った以上に彼が近くにいたことに、少し肩が揺れた。
「はい」
通報ボタンのついたブレスレット。
今回はないのかと思ってたのに、当の泉くんに手首に付けてもらうなんて。
「あのさ。したいかしたくないかって、そりゃしたいけど。でも、終わらせる為じゃないから」
ガチガチになってるのに吹き出したのに、やがて笑い方が切なげになる。
「君が不安になるのって、多分……」
それは、分不相応に思えて仕方ないから。
泉くんが悪いことなんて、何も――……。
「好きだよ。君も、僕でいいかなってここに来てくれたなら……僕と付き合ってほしい」
不安定に置いたバッグが、テーブルから落ちた。
きっちり閉まっていなかったのか、スマホもポーチも床に投げ出されてしまった。
慌てて拾うことに集中しようとする私に、また困ったように笑って。
「何で驚くの。好きだって言ってるのに。考えてみたら、僕が焦ってる理由もこれだと思って。始まりが変わってるから、思いつかなかったけど……やっぱり、先にこう言うべきだよね」
一緒に屈んで、拾うのを手伝ってくれた彼の顔がすぐそこ。
スマホもポーチももう持ってるのに、目の前の綺麗な顔から目が離せない。
「そういうの、迷惑かな。嫌だった? 君が来てくれたの、今夜だけのつもりだった……? 」
「そんな……こと。でも、そうなってもいいと思って」
「僕は嫌だよ」
一夜限りを否定したのも嘘、彼とそれだけでいいのも嘘。
「だから、付き合ってください」
でも、上手く立てないのは本当。
差し伸べられた手に捕まって、何とか立ち上がって。
それでも離れない手に返事を求められて、やっと。
「……はい……」
自分の気持ちに素直になれた。