stalking voice〜その声に囚われました~
両手の指先だけ、髪や耳、頬に触れた。
一気に包まれそうで包みこまれない、もどかしく矛盾した安堵。
どちらにも耐えられなくて、目を閉じかけた時――。
「ご、ごめんなさい」
電話。
しかも、拾ったままのスマホが告げた相手は。
「え……」
まさかの元彼。
また連絡してくるなんて思わなくて、少し固まってしまった後、電話を切断する。
「いいの? ……じゃないね。ありがとう」
「ううん。ごめん……」
元彼なんて呼んでいいのか。
付き合ってすぐ、あんな浮気をされたにしても、それにしたって連絡先を残してブロックもしてないなんて、どうでもいいにも程がある。
「忘れてた? ほんと? そこまで僕が入り込めてたのなら、嬉しいけど……あ」
せっかく笑ってくれたのに、本当にまさか。
「……むこうは、そうじゃないみたいだね」
しつこい。
合鍵を返してから――最中の声を聞いて、鍵を玄関に置いてきてから――一度も連絡なんてしてこなかったのに。
「出ていいよ。また邪魔されてもなんだし。平気? 出れる? 」
「だ、大丈夫」
切られたのを分かっていながらその瞬間に架け直すなんて、確かに一回出ないと終わらない気がする。
「……はい」
『あ、あゆな? なんだ、やっぱり出れるんじゃん』
「もう出ないよ。なに? 」
まるで、見計らったみたい。
一体、何の用だろう。
そう思ってしまうくらい、離れてみれば本当に一切繋がりなんてなかったんだな。
『なにって、お前、鍵置いてっただろ? そんなことしなくていいのに。……な、今部屋にいるよな。渡しに行ってもいい? 』
一瞬、何も見えなくなった。
あまりの侮辱にかっと血が昇って、目はチカチカするし、頬が急に熱くなって喉もヒリヒリする。
「私がいらないから返したの。だから、来ないで」
泉くんがいる。
心配そうに見てくれてる。
好きな人の前で、こんな大人で落ち着いた雰囲気のホテルで怒鳴りたくなんかない。
『そんな強がらなくたって。びっくりして、落としちゃっただけだろ? ごめんな。でも、あれはもう終わったから……』
私、どれだけ見くびられてるんだろ。
これほど馬鹿にされてたのに、気がつかないなんて。
でも、本当に悔しいのは、そんな私も確かにいたから。
「……っ、」
「……あゆな? 何してるの。こっち、おいで」
叫びたいのに、息を飲んでしまって唇を噛んだ時、そう抱き寄せられた。
「……いずみ、く」
「ん? どうした? 」
もう少しも「おいで」ができないくらい、スマホを耳に当てた状態で密着してる。
『……あゆ、今の……』
「……か、彼氏といるから切る。この前のことはまっったく気にしてないから、もう連絡してこないで……! 」
本当に、気にしてなさすぎる。
今だって、泉くんの腕の中にいて、ほんのすぐ上で囁かれて。名前、呼び捨てにされて。
それで頭いっぱいで、混乱してるのに冷静に再確認する。
「……彼氏」
「あ、え、ごめ……」
人差し指がその先を遮ったのに、親指が上下の唇を開く。
「合ってる。……最高に嬉しい」
――彼氏だ。双方の認識として、きっと初めての。