stalking voice〜その声に囚われました~






・・・




綺麗な寝顔。
スッと通った鼻筋を、お返しとばかりに今度は私が見下ろした。
開いてる時はドキドキして仕方ない、延びた切れ長の目も、今はやや色気が減っているおかげで少し緊張が緩む。


「可愛い」


散々言われた、ちょっとだけ上から目線の言葉も、一緒に返してあげる。


(疲れてるのかな。忙しそうだもんね)


初めてで、まだ脳までぐったりしてる私が、彼の寝顔を見れてしまうなんて。
もしかして、かなり無理してたんじゃないかな。
毎日のように電話してくれて、しかも、いつも私に都合のいい時間だった。

自重しなくちゃ。
泉くんは優しいし、そういう気配りが自然にできてしまう人だから。


「……まだ? 」

「え……っ」


「何が」なんて、思ってる場合じゃなかった。
突然、パチッとしっかり開いた両目を見て、やられたのを確信する。


「キスしてくれるのかなって、ずっと待ってるんだけど」


起きてたんだ。
一体、いつから――。


(……最初からだ)


「よく拗ねるね」

「……よく意地悪するよね」


大人で余裕のある微笑とは違って、本当に楽しそうな笑い方が、何となく複雑でそれ以上怒れない。


「うん。好きな子には意地悪して、いろいろ楽しんだ後甘やかして、全部楽しみたいタイプ……だったみたい」


拗ねて怒って、なのにまだ上にいたことに気づいたのは、下から手が伸びてきたから。


「よかった。少しは癒えた? 初めて話した時は、感情があんまり見えなかったから。実は心配だったんだ。そうやって拗ねたりムッとしてるの見るとほっとするし、可愛いからこれからも苛めようってなる」


そうなのかも。
どうでもいいって言うと言い過ぎかもしれないけど、何に対してもあまり感情の起伏がなかった。


「だから、そうしてて。無理して、笑ったりすることないから」


髪を耳に掛けられるまま、その手で耳を撫でられる。
輪郭をなぞって、耳朶も裏も、顎のラインまで。


「泉くんも……」

「うん。きっと、いろんな顔見せちゃうと思う。こんなふうに………」


限界だった。
吸い寄せられるように傾いた身体を、抗うように理性が命令するのも。
見上げてくる目が臥せていくのを眺めて、完全には閉じてくれない意地悪に対抗するのだって。


「……好き……」


唇が重なる前に、言ってしまいたかった。
キスが始まってしまえば、もう言葉らしい言葉を発することができなくなる。


「僕も。さっき散々言ったんだけど、聞こえてた? 返事、返ってこなかったから、ちょっと寂しかった」

「……そ、それは泉くんが……! 」


しまった。
それ、全然言い返せてない。
寧ろ、墓穴を掘っただけだ。


「僕が? どんなことしたせい? 」


ほら。
まさか、優しく甘く、でも絶え間なく攻め続けられたせいで喘ぐしかできませんでした――とか。


(……言えるわけない……)


「また拗ねた」


拗ねてる。この際、盛大に拗ねてやる。


「好きだよ」


目が合ったのは、そう言いながらも寄せられたままでいたからだ。
唇を撫でられると、もう目を開けていられない。
唇と舌、いつの間にか移動した手が、背中へ滑る感触。
こんなに私に合わせてくれてるのに、それでも生々しい音。
それだけで、終わってしばらくしてやっと落ち着いた身体が再び熱を持ってしまう。


「どうしたの」


とっくにとろんとしてるのに、完全に彼の胸に下りていけないのは。


(……分かってるくせに……!)


胸が触れ合って、「また、発情してします」ってバレるのが恥ずかしすぎるからだって。


「嘘。お互いさまだよ。……僕の方がずっと、君に馬鹿になってる」


そう言われたら、確めて感じてみたくなる。
ずるずると引き込まれる沼の中、お互いに相手の嵌まり具合を探るようなキスに、もう戻れないのを実感する。

――分からないのは、戻る必要があるのか――ただ、それだけ。





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