stalking voice〜その声に囚われました~
いらっしゃい、
踏みしめる足の感覚がおかしかった。
ふわふわよろよろしていて、あれからちっとも歩くことがなかった足には、アスファルトは硬すぎる。
あの後、合意のうえの監禁生活が終わって――どうにか終わらせると、泉くんが家まで送ってくれた。
『やっと、連絡先も交換できた』
ホテルで散々いちゃついてる時には元気だったのに、その溜息は本当に大変だったって感じだった。
『さすがに、恋人公認……だよね』
家の前で車が止まって、シートベルトを外そうとした手を包み、耳の側で囁かれる。
泉くんは、いつもそうだ。
最初から好みを明かしていたからそれもそうなんだけど、弱点とばかりに声で一瞬にして落とされてしまう。
どうにもできない私は、彼の目論見どおりピクッと反応して、笑われて、捕まって口づけられるだけ。
その後、何度デートと身体を重ねても変わらない。
こうなると、もうずっと、永遠にそうだろう。
変わったことといえば、『カップル成立♡おめでとうございます!!』とお祝いしてくれたBeside Uを、アンインストールしたくらい。
お世話になっておきながら、なんて、おかしな義理を感じたのも本当だけど、連絡が取れる彼がいるのにそのままにしておくのも何となく悪い気がして、消してしまった。
・・・
「あのさ。相談があるんだけど……嫌じゃなかったら、できれば承諾してほしいな、って」
「……なに……? 」
映画を観た帰り、カフェに寄って、一口コーヒーを飲んだところでそう切り出された。
相談って言いながら断ってほしくないなんて、何だか不穏だ。
いつも本当に私に合わせてくれるから、極力協力するつもりではいるけど、一気に不安になってきた。
「ごめん、こんな言い方で。でも、本当に困ってて。……前、言ったかな。親にせっつかれて困ってるって」
「あ……う、うん」
確か、聞いた気がする。
相手がいないことを、ご両親に嘆かれて困る、みたいなこと。つまり、それって。
「最近、しょっちゅう電話してきてさ。つい、彼女いるから心配するなって言っちゃって。そしたら、当然会わせろって話になったんだ。まだ付き合ったばかりだからって言ったんだけど、聞く耳を持たなくて」
コーヒーを置いた手に、向かい側から重ねられて目線を上げると、これでもかというほど甘く熱い視線に直撃する。
「会ってやってくれないかな。気が早い? 僕は、最初からそのつもりだったけど……君は違った……? 」
もう、どこにも逸らせなかった。
チラッと脇に逸れただけで、斜め後ろの席の女の子と目が合う。
『こんな素敵な人からの真剣な申し出、迷う意味が分からない』――そう言われた気がする。
「そ、そんなことない。嬉しいけど……でも、私で」
がっかりされないかな。
彼のご両親の前で恥ずかしくないような教養なんて、絶対もってない。気に入られる自信なんてない――……。
「緊張するの分かるけど、全然そんな心配いらなくて。本当に普通のおじさんおばさんだから」
「……で、でも」
そうは言うけど、泉くんの豪華なマンションだってやっと慣れたところだ。
それだって一人で来る勇気はまだないのに、想像するだけで大豪邸にお邪魔して、紹介されるとか。
「大丈夫だよ。うちの親、絶対君を気に入ると思うし。……ね、聞いて」
聞いてる。
聞いてるけど。
「もし万が一、君に難癖つける親なら……縁切ってでも君といる」
「……っ、そんなのダメ……」
ああ、またふんわりと優しい束縛。
手が重なって、頬も包まれて。
「まあ、そんなこと起きないよ。でも、もしあったとしたら、残りの人生、君といる方を選ぶ。……本気だよ。だから、お願い」
――君も、僕を選んで。