stalking voice〜その声に囚われました~








大好きな人にそこまで言ってもらえて、断る理由はなかった。

――けど。


「今日は何に拗ねてるの。というか、怒ってる? 」


(分かってるくせに……!)


車で連れて来てくれたお宅は、お家なんて呼べないような場所だった。


「睨んじゃって。そうやって見上げられると、可愛い黒目が真上向いてるし、顎も上がりきってるから……」


ちゅっと音を立てたのは、絶っっ対に意地悪だ。


「可愛いすぎて、ちっとも怖くない。ごめんね? 」


狡い。
身長差を最大限活かした、意地悪な遊び。
もうちょっとくらい私の背が高かったら、こんな甘い嫌がらせをされずに済んだのかな――そう思うとやっぱり、このままでもいいやって思ってしまうあたり惨敗だ。勝てたことなんて、きっと一度もないけど。


「ほーら、行くよ。……逃がすわけ、ないでしょう」

「〜〜っっ……」


また、耳元で言う。
思わず、パシッと腕を叩いたけど、笑われるだけ。
それどころか、仕返しとばかりに心の準備もなくインターホンを押されてしまった。


「僕」


その一言で、門が開く。
そう、門だ。
呼べないような「場所」なんておかしな表現だけど、今立っているここに家は建ってないんだから、それで合ってると思う。
歩いていけば、そこは敷地というか私の知識では庭に分類されて、しかもその中を歩道が整備されてるってどういうこと。


「嘘吐き……」

「嘘じゃないよ。うちの親は、普通のおじさんおばさん。家は……まあ、ちょっと変わってるかもしれないけど。こら、どこに行くの。逃げなーい」


きれいに整備された歩きやすい道から逸れ、無意識に後ずさる私の腰を抱き寄せた。





・・・





「本当に連れてきた!! ……本当に彼女? まさかその、レンタル……とかじゃないわよね」


それから、結構歩いて玄関で出迎えてくれたお母さんが、心底びっくりしたって感じで言った。 


「……そんなの、どこで見たの。違うよ。彼女に失礼すぎるから、謝って」

「あ、そんな……」


玄関で、既に相応しくないって思われたかな。
こんなに素敵な彼の、しかも一人息子。
お母さんの目は、それだけでも厳しいに違いない。


「ごめんなさいね。あなたに言ってるわけじゃないのよ? そうじゃなくて、この子が女の子連れてくるなんて初めてで。優しいタイプでもないから、ご縁がなくて心配だったの。何か泉に言いにくいことがあったら、いつでも私に言ってね」

「……玄関でそれだけ暴露されたら、上がれないんだけど」


ご実家に女の子が来るの、初めてなんて。
びっくりして彼を見上げると、バツが悪そうにそんなことを言った。


「何言ってるの。こんな可愛いらしいお嬢さん、他にもう来てくれないでしょ。お母さん、必死でサポートしてるんだから。それにお父さんの楽しみを奪うつもり? 彼女が来るって聞いてから、あんなにご機嫌だったのに」

「はいはい。確かにね。こんな可愛い子、他にもう二度と来てくれないよ。だから、あんまり怖がらせないで」


――ね、言ったでしょう。


お母さんがスリッパを置いてくれて、いそいそと私たちに背を向けてお父さんの待つリビングへ向かった途端、そう耳打ちされた。
今度は近すぎて、唇が軽く、でもしっかりと耳の軟骨に当たった。
こんな時、こんなところなのに、確実に肩が震えた私によしよしと頭をぽんぽんして。

でも、もしかしたら。

「こんなシチュエーションなのに、ちゃんと反応していいこ」の意味だったかもしれない。

もしくは。


「……悪いこだね、君は」


――その区別が、もうよく分からない。




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