stalking voice〜その声に囚われました~
(……こんなことって……)
自分の家に帰っても、まだ夢の中にいるみたい――と言うより、現実と妄想の狭間を漂ってるみたいだ。
そう思うたびに薬指を眺めて、はめてくれたばかりの指輪を撫でる。
何度擦っても確かに私は指輪をしてるし、一緒に選んだだけあってぴったりで、ちょっとやそっとのことじゃ抜けそうにもなかった。
何と言うか、家にいる実感がない。
あの甘い視線と声が上から注がれないだけで、もうこんなにも違和感があるとは。
(……みんな、うっとりしてたな)
指輪を出してくれた店員さんも、そこまでとそこからの道のりですれ違った人たちも。
あの後、いつの間に予約をしたのか、どうしてすぐ手配できたのか、これまた高級なお店に連れて行ってくれて。
『段取り悪くて恥ずかしいけど、見逃して。まさか、こんなふうに急ぐことになると思ってなくて。でも、我慢できなかったのは僕だから。ちゃんとしておきたい』
高層階までエレベーターで昇る時は、緊張で気が遠くなりそうだったのに、席に就けば夜景がすごく綺麗だった。
真っ白で滑らかそうなテーブルクロス、ワインにお花。
彼は何者なのかともう一度問いたくなる、貸し切り状態。
でも、おかげで今度は人目がなかったから、卒倒する前に胸がときめくことができたんだけど。
『……あの、それは私も決めたことだから……』
『僕に誘導されて、ね。ありがとう。すごく嬉しかった』
「さっきも見せちゃったのにね。本当、雰囲気なくてごめん」そう、ばつが悪そうに笑ったけど、全然そんなことない。
ケースだけで既に戸惑ってしまうけど、指輪は何度見たって素敵だ。何より。
『僕と結婚してください』
好きな人が指輪を見せてプロポーズしてくれるのに、これ以上のものなんていらない。
『はい』
返事は決まってるのに、その一瞬は泉くんの方が泣きそうだった。
『大切にする。……必ず』
そう言われると、今度は私が本当に泣いちゃったけど。
『今度、君の実家にも挨拶に行かなきゃね。それから、いろいろ決めてかないと。間に合わないとか、絶対ダメだし』
『何に? っ……』
きょとんとしてしまったのに、きょとんとした顔で返されて――その後、一気に意地悪な目に変わって。
もう分かったって言う間もなく、前から手を重ねられて身動きが取れない。
『ドレス、着たいよね? 僕も見たい。……でも、君は僕を誘ってばっかりだから。急がないと』
――君は、素で僕を煽っちゃうんだよね?
『そうやって意地悪で可愛いの、治らないんでしょう。だったら、早くしないとね。そんなことになったら、君のご両親にも申し訳ないし』
腰を浮かせて近づいたの、キスする為だったって嘘。
本当はそう囁いて、熱さで固まった私の耳を撫でる為。
唇に軽くキスされたのは、彼の想定どおりいいこになったことへのご褒美だ。
『今日は帰してあげるけど。準備しといてくれる? もちろん、僕も手伝うから。新居、どうしようかな。今の部屋、狭くなるよね』
『……あと数人は余裕で暮らせると思う……』
あれは部屋じゃない。
大人数人でシェアできそうな部屋数だし、狭いなんて形容詞は絶対つかない家だ。
『……そっか。じゃあ、しばらくは、このまま住もうか』
すごくびっくりした顔をされて、はたと気づく。
そういう意味じゃなかったけど、撤回するのもおかしな気がして回収できない。
『そんなふうに、すっと受け入れてくれて嬉しい。……愛してるよ、本当に』
からかい口調が消えて、今度はまっすぐ見つめて言ってくれた。
それはもう、こんな私ですら本心だと信じるしかないほど真摯で、「意地悪なのは泉くん」なんて真っ赤になるのも忘れてしまってた。