stalking voice〜その声に囚われました~
最初は、自己紹介にもならなかった。
そういうのがいつも苦手で、口ごもりがちになる私に気を遣ってくれたんだと思う。
「泉さん……本名なんですね」
『うん、そうなんだ。深く考えずに……っていうか、どうしていいか分からなくて』
照れくさそうなのに、私だけじゃないんだって、また安心する。
「私もです。なんか、勢いに任せて登録しちゃって」
『勇気要るよね、こういうの』
(97%マッチ……)
泉さんにとっては、分からないけど。
私には――……。
(……好きな声かも……)
穏やかだし、喋りすぎて押す感じでもないのに、私が詰まりそうになるたび、間を埋めてくれる。
『……あゆなちゃん? 』
「……っ、あ、すみません。ついぼーっと……」
(……やば……)
『ごめん、あんまり面白い話ができるタイプじゃなくて。もう遅いし、眠くない? 』
「あっ……そうじゃなくて、あの……つ、つい。こ、声……聞いてしまいました……」
(は、恥ずかしすぎる……)
……のに。
正直に告白したのは、まだ話して――声を聞いていたかったからだ。
『……そっか。なんか照れるね。でも、そう言ってもらえてよかった。実は、このマッチング、馬鹿にできないなって思ってたところだったから』
「え……」
『だから、君の話も聞きたい、かな』
お世辞と優しさに決まってる。
でも、すごく嬉しい。
そんな優しいこと言ってくれたのも、それでじわじわと頬が熱くなっていく感覚も。
(……やだな。こんなことで)
――恋、してるみたいだ。
何となく、焦りや寂しさから付き合って、終わった時すら淡々と過ごしてたくせに。
まるで、好きな人と電話してる時みたいにドキドキするとか。
「え、そ、んな。……ありがとうございます」
『あ、信じてないな。こんなこと、こういう場で言うことじゃないけど……僕はそんなに優しくないよ。もし合わなかったら、話終わらせてる』
「そんなふうには見えないですけど……」
何言ってるんだろ。
見えてないんだから、当たり前だ。
他愛もない話をしてるだけ。
それも、ほんの十数分。
なのに、もう会って話してるみたいな気になってる。
『なら、よかった。あゆなちゃんが可愛いから、かな』
「……急に、嘘っぽくなりました……」
会ってもないのに可愛いなんて、随分危険な発言だ。
本気にして、会ってがっかりなんてことになったら――というか、なると思う――どうするつもりだろ。
その時は、事前申告どおりに話を切り上げるつもりなのかな。
『話した感じ、好きなのに。少し、慣れてきた? 』
「あ……」
初めて話すのに、失礼な言い方だったかも。
だから、ただのお世辞と優しさだっていうのに。
『違うよ。そういう意味じゃなくて。打ち解けてきたなら、嬉しいってこと。敬語もやめよっか。歳、そんなに変わらないし』
「は……う、うん」
笑い声も、好き。
熱いまま、少しも冷えてくれない頬が、流した思考を連れ戻してくる。
『ギリギリ合格、かな。気を張ってたら、もともと疲れてるのに、もっと疲れるよ。声だけじゃ、何も起こらないから安心して』
『……うん……』
そう、声だけ。
なのに、私。
もう、会うことなんて考えてた。