stalking voice〜その声に囚われました~
Is it play……?
それから、本当にあっと言う間だった。
婚姻届の提出も、式の準備も。
どれも彼は手伝うどころか率先してやってくれて、私の方がおろおろするばかりで。
・・・
『いいんだよ。面倒なことは、僕にさせておけば。君は、楽しいことから手をつけて。ドレス選びとか、買い物とか、部屋の模様替えとか。ここ、女の子には殺風景すぎるかもだし』
殺風景というよりは、シンプルで、だからこそ上質なのがすぐに分かって、更に性格なのかきれいに整えられてる感じ。
『でも、周りが君を放っておかないかも。僕の顔立てようとか、無理しなくていいから。寧ろ、何か少しでも嫌な思いしたら、すぐ言ってほしい。君が、ここにいるのが辛くなる方が僕は嫌だから』
そう言って髪を撫で、ぼさぼさになってしまったところを掌が滑ってく。
『嫌なんて……』
ある程度は、覚悟してた。
後日改めて報告に行くと、彼のご両親は大喜びしてくれて、ほっとしたけど。
業界のことなんか何も分からない私を、快く思わない人もいるだろうなって。
『……なんて、ちょっとくらいあっても仕方ないな、って思ってたでしょう。僕が気づかないと思ってるの? 』
「っと……」っていう、あんまり必要なさそうな掛け声とともに、せっかく手櫛を通してくれたばかりの髪が、ぱさっとシーツの上で広がる。
『そうやって一人で抱え込むなら、ずーっとここで、僕がひたすら甘やかすよ。心配で、外に出せないもん』
私は一体いつになったら、この甘くて熱い視線を浴びるのに慣れるんだろう。
(……一生無理な気がする)
そう思ったのもバレたのか、パッと逸そうとするのすら読まれ、待ち構えていた人差し指に優しく顎を戻されてしまった。
『せっかく、お願いしたいことがあったんだけどな。君は、僕に監禁されるのが好み? 』
『えっ? 』
驚いた原因が甘い冗談の「監禁」なんて言葉じゃなくて、「お願い」だったのは、普通に考えるとおかしいけど。
『ここから、会社に通うの大変じゃない? もちろん、君の意思を尊重するけど……もし、それほど今の仕事に拘りがないんだったら、僕を手伝ってほしいなって』
『それは……でも、手伝えることなんてある? 頑張るけど……』
泉くんだけじゃなくて、他の人にも迷惑掛けるだけになるんじゃ。
何の知識もスキルもない、ただ上司の奥さんってだけで採用されるなんて、さすがにいい顔されないと思う。
『つまり、嫌じゃないんだね……? よかった……嬉しい』
毎日のルーティーン、げんなりするのも忘れるくらい、仕事に対して特に何の感情もなかった。
だから、少しでも役に立てるなら、手伝ってあげたいけど……私の為に、わざわざ仕事作ってくれてるんだろうなって分かるから。
『あ。また変なこと考えてる』
そんなことで、耳を甘噛みされてしまうの。
だって、本当のことだよって思ったのには、耳奥まで侵される。
『前にも言ったよね。うち、マッチングアプリの会場にしちゃうほど、実は困ってるんだって。何かアイデアあったら、教えてくれない? 』
『それはいいけど、でも……』
当たらなかったら、どうしよう。
新妻が経営悪くしたなんてことになったら、それこそ泉くんのイメージが悪くなってしまう。
『そんなに難しく考えないで。思いつくまで、僕のサポートしてくれたら本当に助かる。……あんまり言っちゃいけないけど、他人にいろいろ任せるの好きじゃないんだ』
私は他人じゃないんだって、嬉しくなるのも。
そんな彼が任せてくれるんだって、優越感も。
きっと、どっちもどうかしてる。
『大丈夫、できるよ。君なら、簡単。……本当言うとね』
――いてくれるだけでいいんだ。君なら。
『存在して、ここにいてくれる。君なら、それだけで……』
――価値がある、なんて。
今まで言われたことない。
これほど、必要とされたこともなかった。
心の奥底、どこかに隠していた承認欲求が、じーんと満たされて。
『ありがとう。……君は、どこまで僕を満たしてくれるの。……ダメだね、もっとお返ししないと……』
先に、そんなこと言われちゃったら。
くたくた、じんじんした身体を誤魔化して、目を瞑ってしまうのも無理はなかった。