stalking voice〜その声に囚われました~
言われたとおり、寂しくなる暇も余裕も、何かがおかしいと感じる正常な感覚も私にはなかった。
承諾したにも関わらず、「ひたすら、ずーっと」甘やかされる日々は、精神的な幸福と肉体的な快楽を与え続け、何か分からない、必要だったかもしれないものを奪い続ける。
式までが、あっと言う間すぎたのもある。
これは比喩でも、感覚的なものでもなくて、実際本当にあれよと言う間に日取りが決まり、会社を辞め、式場やドレスはもちろん、細々したことまで一気に決まってしまってた。
仕事を辞めたのも、ちょうどいいタイミングだったかもしれない。
デートの約束のたびに泉くんは迎えに来てくれたから噂になってたし、結婚するって決まった時には式についてあれこれ聞かれ、招待客はどれくらい? なんて言う質問までされた。
何だか、急に知り合いが増えたように邪推してしまいそうになったりして。
そんなこともあって式は内々に――なるはずだった、けど。
「ほんっとにごめん……! 疲れたよね」
ううん、式自体は本当に素敵だった。
あんまり豪華でキラキラして、純白を纏って大勢の前で幸せそうな笑顔を振り撒く――そういうのが苦手な私の為に、彼の知り合いの規模を考えると、かなり落ち着いていたと思う。
もちろん、式場はすごく豪華で目も眩むようだったけど、暗がりの中、キャンドルの灯りが心地いいナイトウエディングはとてもロマンチックだった。
誓いのキスも、打ち合わせでは額か頬にする予定だったのに、ヴェールが目の前から消えて見上げてみると、そこにはちょっと――かなり意地悪な顔をした花婿さんがいて。
『ごめん。やっぱり我慢できないから、予定変更するね』
「誓い」や「証」そのものみたいに、ゆっくり優しくキスしてくれた。
「大丈夫。私こそ、ただ突っ立ってただけで、ごめ……」
そんな、「ああ、私、こんな結婚式が夢だったんだ」って教えてくれるような、幸せな式にしてくれたから。
式の後、彼やホテルの関係者への挨拶回りくらい、もう少し上手くやれたと思うのに……謝らせることはせずに唇を塞がれて、ますます申し訳ない。
「言ったでしょう。それだけでいいんだよ。なのに君は、皆の印象まで良くしてくれた」
「よくできました」の撫で撫では貰えたけど、本当かな。
「本当だよ。自慢の奥さん……と同時に、だからこそ、やっぱり隠したくなっちゃうね」
二人きりの部屋、ようやくのんびりできた頃には、確かに疲労感がある。でも。
「お、大袈裟だよ。どっちも」
「そんなことないよ。でも、複雑ではあるかな」
そんな複雑な話ではなかったはず。
ともかく、粗相がなかったのならよかった。
そんな話だった、はず。
「デコルテって言うの? 開けてるの綺麗だし、ウェディングドレスも、今のもすごく似合ってる。僕のだって自慢して見せびらかしたい……いや、してたんだよね。でも」
見せびらかすっていうか、そういうものでは。
披露宴なんていう言葉もあるし。
第一、別にその、肌を見せてるわけじゃないんですけど。
「……それ、もう胸元って言わない? それ他の奴にも見せてるんだって思ったら、抱っこして部屋に帰りたくなった。それか、その場で僕のものにするとか。こう、やって……」
ウェディングドレスほどじゃなくても、一生着ることないと思っていたくらい、シックだけど露出の高い服のチャックを下ろされる。
「い、泉くんも一緒に選んだくせに……! 」
そうして私を見つめながら、逃げないように腕を回した状態で、どうして器用に脱がせてしまえるの。
「うん。だから、すごく似合ってるし、可愛い。僕の好みも多少入ってるってことは、余計に発情するよね。それはそうなんだけど、困ったことに他の男もきっとそうだから」
「そ、そんなわけないで……」
ああ。
もっと、タイトなドレスの方がよかったかな。
滑らかで着心地のいい品のいいドレスはすとんと落ちてしまって、逆にものすごく悪いことしてる気分になる。
「あるよ。……結婚式で他の男を誘うなんて、悪い花嫁さんだね」
誘ってないし、誰も誘われてない。
よって、悪くない――のに。
きゅっと掴まってしまう。
なぜか、今日は囁く声が少し遠くて、自分から近寄ってしまう。
「嘘。いいこだよ、君は。……可愛い」
そんな私に満足そうに笑って、今度はちゃんと屈んで私の背に合わせてくれて――耳奥にそう流し込んだ。